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17. 夢か現か幻か


 ハッと、気絶から意識を取り戻すように目覚めたフレイヤは、窓の外が明るくなっていることに気づいて、己の神経の図太さに頭を抱えた。


(あんなことがあったあとで、私、いつの間にどうやって眠ったというの……!?)


 フローレンスに毒を盛った犯人、ローガンの理解不能な言葉、そしてキス。

 怒涛の情報量に頭がついていけず、強制終了してしまったのだろうか。


(……っていうか、もしかしてあれは夢だったのではなくて? やだ、私ったらいくら街で色々と色事まわりの話を聞いたことがあるからって、経験もないのにそんな……)


 自分に呆れつつ、寝間着の襟元を軽く引っ張って胸元を覗き込む。


 左寄りの胸の上と、谷間のあたりに1つずつ。

 赤紫色の痕がそれはもうくっきりはっきり見間違えようもなく刻まれていて、フレイヤは再び頭を抱えた。


「ゆ、夢じゃなかった……」

(……えっ? ということは、あれもそれもこれも全部現実……?)


 昨夜のローガンの言動が、ものすごい勢いで頭の中を駆け抜けていく。


 苦しげに吐き出された『逃げられるよりは、刺したいほどに憎い男もろとも手中に収めた方がまだマシだと思って、俺は最大限の譲歩をしたのに……君は愛人などいらないと言いつつ、花か蝶のように男どもを引き寄せては舞っている。……不愉快だ』という言葉。


 唐突に落とされた優しいキス。


 痕を刻みつけながら『……やめてくれ、止まれなくなる』と、どこか熱っぽく言う声。


 そして、『夜会には俺も行く。逃げられると思うなよ』という宣言。


(ちょっと待って……。これじゃあ、まるでローガン様が私のこと……)


 そこまで考えて、フレイヤはぶんぶんと首を横に振った。


(夢を見すぎよ、フレイヤ! 冷静に、言われた言葉から読み取れる客観的な事実を見つめなさい!)


 深呼吸して心を鎮め、フレイヤは、ノートに箇条書きで事実と思われるものを綴っていく。


 ・フレイヤ(妻)に逃げられるよりは、愛人を囲われる方がまだマシ

 ・フレイヤ(妻)が他の男と関わるのは不愉快


「あとは、ええっと……」


 ・情欲自体はある

 ・夜会にはローガン様も行く


「これくらいかしら」


 書き出してみてもまだ、(これってやっぱり……?)という気持ちが拭えずに期待を抱いてしまう。

 再び頭を抱えていると寝室の扉がノックされ、フレイヤは慌ててノートを閉じた。


「おはようございます、奥様」

「お、おはよう……」


 マーサのあとには、目覚めのお茶が載ったワゴンを押しているエヴァと、普段着用のドレスを持ったベラが続いて入室してきた。


(そうだ、着替え……!)


 胸元の赤い印を侍女たちに見られるのは、とてつもなく恥ずかしい。

 だが、名実ともに夫婦であると見せかけるために寝具を乱したりしたこともあったわけで、今更恥じらうのも怪しいだろう。


(ど、堂々と……こんなのいつも通りですわオホホホ!という感じを装うのよ)


 そう決意したフレイヤだったが……。


「まぁ、旦那様ったら!」


 マーサの声で、じわりと頬が熱を持ちはじめる。


「これでは夜会のドレスの選択肢が限られてしまいますわね。夜会の話が出た途端にこれとは、旦那様も心配性ですこと」

「心配性……」


 マーサにまでそう言われると、先ほどまでの自分の考えが正しいのではないかと思えてくる。


 しかし、では一体これまで散々険しく冷たい表情を向けられていたのはなんだったのだろうか。

 今に始まったことではないが、ローガンの考えがさっぱりわからない。


「今日は夜会用のドレス選びをいたしましょうか。旦那様は騎士服でしょうから、合わせて青みの入った色がよろしいかと思いますわ」

「ええ……いくつかよさそうなのを見繕ってちょうだい」

「お任せください、奥様」


 ローガンの騎士服には、何種類かある。


 婚姻の儀や最重要式典などの時には、純白の布地に金糸で刺繍が施された豪奢なもので、マント付き。

 通常式典やパーティーでは、濃紺の布地で刺繍装飾はないが、金の飾緒がついており、武官らしさと控えめながらも華があるものだ。


 フレイヤはまだ見たことがないが、訓練などの際には、汚れが目立ちにくい黒のシンプルな騎士服を着ることもあるらしい。


 今回は通常の夜会なので、ローガンの服装は濃紺の騎士服となる。

 パートナーとはある程度色味を合わせるものだから、フレイヤのドレスも青系統が望ましいというわけだ。


(そういえば、ローガン様とパーティーに出るのは初めてね)


 フレイヤとローガンが公の場で並んだのは、婚姻の日が最初で最後だ。

 婚約は結婚準備までに必要な最短期間だけのうえ、ローガンの多忙と社交シーズンから外れていたことも影響して、2人で揃ってパーティーに出る機会がなかった。


(一番の目的は情報収集だけれど、彼と一緒に夜会に参加できることは嬉しい──って、喜んでいる場合じゃないわ。私はお姉様と円満離縁と事件の手がかり探しのために……あれ? ちょっと待って。昨夜のローガン様のあれこれが私の都合のいい思い込みでないなら、離縁計画はナシになるのではないかしら……?)


 愕然として固まるフレイヤを不思議に思ったらしいマーサに「奥様?」と呼びかけられて、ハッとする。


(とにかく、ローガン様としっかり話をしたいわ。気持ちをはっきり確かめるのは怖いけれど……重要なことだもの)


 近頃、ローガンは遅くなっても夜は必ず帰ってきている。

 なので、今夜にでも話をしようと思っていたフレイヤだが……。



「本日、旦那様はお帰りになられないとのことです」

「……そう」


 夕食の前に久しぶりに家令からそう伝えられて、がくりと肩を落としそうになった。

 しかし、同時に罪悪感が湧いてくる。


(もしかして……急に夜会に参加することになったから、その分のお仕事をされているのかしら)


 別に1人でも大丈夫なのに、という思いがよぎるが、「逃げられると思うなよ」とまで言われている。


(改めて思い出してみると、まるで人攫いか何かの台詞みたいね……)


 それでもなんだか嬉しく思えるのは、惚れた欲目に違いなかった。




 どことなく浮かれた気分でいたフレイヤは、その3日後、遠い目をして宙を眺める羽目になっていた。


(私、「結婚後夫に放置されている妻選手権」があれば、優勝しているかもしれないわ)


 そう。ローガンが再び帰ってこなくなったのだ。


 おまけに、今日こそは話がしたいので王城へ使いを走らせて手紙を届けてもらったのだが、返事はなし。

 その代わり、いつかのように、メッセージカードもない花束だけが届けられた。


「今日も帰れない」という伝言とともに。


 ……これは、完全に避けられている。


(いっそ、明日王城に乗り込んでみようかしら……。でも、夜会の日には必ず帰ってくるはずよね。最悪、話はその時にしましょう)



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