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第一章 思わず笑ってしまうようなライトノベル 002




     002




「はは~ん。つまりろっか君はその子に恋しちゃったわけだ」


「つまり恋しちゃったわけじゃないって言ってるでしょうが……」


 時間軸は変わらず同日、席替えをした日の放課後。

 場所は街はずれ、俺の家から徒歩十分圏内にある小さな本屋。


 例の席替えの後は何も起こらず、隣の美少女とのドキドキイベントは陰すら見せず、それどころか目が合うようなことすら一切なく、それに対し特に落胆することはなく放課後を迎えた俺は、学校から自転車で真っ直ぐ立ち漕ぎで、バイト先でもあるこの本屋――須佐之男書店に足を運んでいた。


「いや~いいねぇ、若いって言うのは。気になってたクラスメイトと隣同士から始まる、甘く切ないラブコメディ……一冊書けそうな内容じゃないか」


「人の話聞いてます? ラブコメなんか始まらないって言ってるでしょ。そもそも俺、ああいう性格きつめの女子は苦手ですし。なんですかあれ。初対面の相手に『気が散るから話しかけるな』って。その後もずっと本読んでますし、話しかけるなオーラきつすぎますって」


「ふーん。ツンデレって言うよりツンドラって感じだね」


 一人も客のいない古びた本屋で、ダラダラと雑談を繰り広げる。この先梅雨の季節になれば、更にさらに客足は減ること請負であろう。


「しかし、濫読か。まさに名は体を表すって感じだね」


「……あー」


 言い得て妙だな。


 そう言われるとあいつは、まさに濫読家という感じではあるな。見た目や態度からして推理小説とか純文学とかを好んでいそうだが、家では意外と漫画とか俗世的な本も読んでいたりするのかもしれない。案外ラノベとかにも手を出していたりするのだろうか。


「それで、話を戻すけど。付き合うなら私みたいなのがいいってこと?」


「そんな話してねえだろ」


 仕事中にもかかわらず軽快なやり取りをしているこのお相手、どこからどう見ても小学生にしか見えない驚異の身長百二〇センチツインテール少女は、この本屋の店主で俺の上司でもあり、名前を夜叉神羅刹やしゃがみらせつという。もうなんていうか、偽名かと疑うほどのくそ格好いい名前と、その名前に一ミリも適していない、成人済みでありながら小学生にしか見えないロリ身長に、ニッチな層に受けそうな巨乳属性まで持ち合わせているという、間違いなくラノベの世界から飛び出してきていそうな人間なのだ。


「そしてごめんなさい。女子小学生と付き合うのは流石に事案になりそうなので止めておきますね」


「まあ今のご時世、この国も色々と煩いしね――っておい! 私は成人済みだってぇの!」


「どこの世界に身長一二〇センチの成人済み女性がいるんですか。小学六年生レベルですよ」


「いやね、最近の女児は小学六年生だと平均的に一五〇センチはあるみたいなんだよ」


「小学生以下じゃないですか。正真正銘の女児じゃないですか」


「でもほら、僕は見ての通りおっぱいはそこそこ大きいから、まあ合法ロリってことで」


「世間に受けのいいニーズを狙わないでくださいよ。逆に犯罪性が増してますって。加えて言うと、仕事中なのになんでぶかぶかのTシャツ一枚なんですか。下履いてるんですかそれ」


「気になる?」


「気になる」


 ぺろーん、と夜叉ちゃんはぶかぶかTシャツを捲し上げる。その下には、ピンク色の妙に色気のある下着が付けられていた。


「はっはー、これぞギャップ萌えってやつだよ。童顔丸出しかと思いきや、なんとむっちゃエロい下着を!」


「童顔じゃなくてパンツ丸出しなんですよ。ほら、風邪ひくからしまって」


「とか言ってぇ、ロリコンのろっか君は僕の幼女らしさに興味津々なんだろ~?」


「え……いや、だって夜叉ちゃん年上じゃないですか。ロリじゃないですよ」


「真顔でなんてこと言うの君は」


「俺は実年齢を大切にしてるんですよ。年齢が若ければ身長が高くても気にしません。後輩に見下ろされるような関係性も悪くないと思ってます。逆に、いくら見た目がロリでも、成人済みであればそれはロリではありません」


「君、初めて会った時よりロリコンが重篤になっているんじゃないかな」


「確かに俺はロリコンだし巨乳が好きですけど、だからと言ってロリ巨乳が好きという結論には辿り着きませんよ。美味しい食べ物と美味しい食べ物を組み合わせても、必ず美味しくなるとは限らない、それと同じですよ」


「え、ハンバーグとカレーって最強コンビじゃん」


「なんで好きな物が子供っぽいんですか。可愛いじゃないですか」


 そもそもですね、と俺は話を続ける。先に忠告しておくが、多分、長くなりそうだ。


「幼児体型がロリの魅力なんですよ。それに巨乳の要素を付け加えるのって、愚の骨頂じゃないですか? それって結局のところ、『幼児体型の普通のロリ』より『十代後半以上の巨乳』が好きってだけなんじゃないんですか?」


「言いたいことはわかるけどね~……なんて言うのかな」


 夜叉ちゃんは腕を組んで少し考えた後、ロリには不必要であろうその巨乳を自分でも見ながら口を開いた。


「ロリ巨乳って言うのを、ロリの一部として考えるなら、まあその感想が出るのも仕方ないのかもしれないけどさ。ロリとロリ巨乳って言うのは、似て非なるものだと私は思うんだよ」


「別物ってことですか?」


「まあ端的に言えばそうだね」


 新刊の品揃えは良いものの、造りも古くて今にも廃れそうな本屋なのでお客さんは一人としていない。それをいいことに、仕事中でありながら俺と夜叉ちゃんは私語全開で超絶くだらない話を始めた。


「『ロリ巨乳』っていうのは『ロリ』じゃなくて『巨乳』から派生した属性なんだよ。ロリに巨乳が付いてるんじゃなくて、巨乳にロリ要素が付加されているんだよ。出発地点はロリじゃなくて巨乳なわけだ」


「ほうほう」


 陰キャみたいな見た目の男子高校生と幼女みたいな見た目の大人が、ロリとか巨乳とか口にしまくっている。


 この光景が事案そのものだ。


「でも、そんなミスマッチな物をどうして付加しちゃったんですか」


「そりゃあもちろん、『その方が乳が際立つから』だろうさ」


「乳って」


 的確な言い方なんだろうけど。


「お汁粉に塩をちょっと入れたら、逆に甘みが増すだろう? 原理としてはそんな感じさ」


「お汁粉のお餅が、おっぱいみたいにもちもちってことですか?」


「違えよ馬鹿」


 乱暴な物言いである。


「Gカップの大人とGカップの子供、どっちのおっぱいの方が目立つと思う?」


「そりゃあ、まあ……後者でしょうけど」


 Gカップの時点で目立つと思うんだけどな、とも思ったが、確かにそれが子供についていたとしたら、成る程際立って見えるかもしれない。


「つまり、ロリ巨乳って言うのはおっぱいを最高に際立たせる組み合わせってことですか?」


「そ」


 それにね、と夜叉ちゃんはさらに話を広げる。


「巨乳って言うのは胸だけに限定された属性だけど、対してロリって言うのは必ずしも貧乳であるという意味合いを持たないわけだ」


「た、確かに……」


 のど元につっかえてたものが、すとんと落ちるような感覚を覚えた。


「巨乳にロリを付加することによって、胸以外の疎かな要素を補完しつつも、胸以外の部分でロリの要素を最低限楽しむことができる。つまり?」


「……一粒で、二度美味しい」


「そういうことさ。さらに、巨乳好きからしてみればメインで楽しむ味が濃くなるんだ」


 いいこと尽くめだろう? と夜叉ちゃんはしたり顔で俺を覗き込む。


「まあ、その分ロリの味が確実に薄まっちゃうわけだから、真正のロリ好きにとっては邪道に感じられるのかもしれないさ。それどころか、本来メインであるはずのロリをサブ属性扱いしているわけだから、腹が立つのも頷ける……でも、ろっか君みたいにロリも巨乳も楽しめる輩なら、ロリ巨乳の思考は認識できると思うんだけどねえ」


「ぐっ……!」


 正論だ……。


 何も言い返すことができない、どうして俺は数分前までロリ巨乳を嫌っていたんだと不思議に思うくらいの完全なる論破だ。


 ロリ巨乳、最高じゃないか。


 ロリも巨乳も味わえるなんて、そんな贅沢嗜好品がこの世に他に存在するのか……?


「夜叉ちゃん。いやさ夜叉先輩」


「いやさときたか」


「俺、大切なものを見失っていたのかもしれません。最強の技と最強の技を組み合わせたらもっと強くなるっていう子供心を、俺はいつの間にか失くしていたのかもしれません。先輩の言う通りですよ……ロリ巨乳、最高じゃないですか」


「ふっふ~ん。そうだろうそうだろう?」


「ロリでありながら巨乳でもある。一見ミスマッチに見えるこの組み合わせこそ、実は隠された黄金比だったのかもしれません!」


「そうだよそうだよ! さあ、拍手喝采と行こうじゃないか!」




「ロリ巨乳、万歳!」

「ロリ巨乳、万歳!」




 この本屋の集客率が悪い理由が、なんとなくわかった気がする。


 この二人がいるからなんだろうな。


「さあ、ロリ巨乳の良さが分かったところで! 丁度目の前におあつらえ向きなロリ巨乳がいるじゃないか! ほら、誰もいない今が襲うチャンスと見た!」


「あ、それは遠慮しておきます」


「なんでぇ!?」


 子供みたいなショックの受け方をしたぞこの人。


 そんな不埒な子供がいてたまるか。


「いや、そもそも夜叉ちゃんロリじゃないですしお寿司。ただ身長の低い成人女性ですし」


「そんな、それじゃあ私はただの巨乳みたいじゃないか」


「みたいじゃなくてそうなんですよ」


 ロリなのは見た目だけである。


 フェイクロリだ。


「いいじゃんかよ~。私はこんなに君のことを愛してるんだぞ~」


「それ最近よく聞きますけど、本気なんですか?」


「そりゃあね」


 認めやがった。


 大人としてのプライドとかはないのか。


「何度も言ってるじゃないか、そんなこと。私は才能も含めて君が好きなんだと。だから君を雇っているんだろうに」


「そんなことって……随分軽く捉えてますけど、軽すぎるせいで本気に聞こえないんですよ」


「とか何とか言って、本当はもうすっかり私の虜なんだろ~? こんなレアメタルで犯罪級な可愛さの私に、何の不満があるんだよ~」


「犯罪級って言うか犯罪なんですよ。犯罪そのものなんですよ。仮に今の格好の先輩と街を歩いてみてくださいよ。即逮捕ですよ。牢屋ぶち込まれますよ」


「そりゃあまあ、いきなり町の中で僕の中にぶち込んだら、ねえ」


「少年向けラノベみたいなボケをかますな!」


 なまじ年を食っているせいか、下ネタが妙に生々しい。


 この人、マジで何歳なんだ……お酒を飲んでいるところを見たことがあるから間違いなく成人済みではあると思うのだが、いやそうなったら成人しててもらわないと俺の立場が危ういのだが、下限がわかっても上限がわからない。


 まさか三十路ではないと思うのだが。


「でも、ロリコンのろっか君の欲求を満たせる相手は、マジな話、私しかいないと思うけどな~」


「? なんでですか?」


「そりゃあ、本物のロリに手を出したら捕まるからさ。それに比べて、私は外見がロリでも一応成人しているわけだから、私に手を出してもろっか君は捕まらない。つまり、君はロリコンとしての欲求を合法的に満たすことができるというわけさ!」


「その理屈で行くと、あんたが捕まるけどな」


 俺も未成年だ。


「というか、俺はロリコンではありますけど、別にロリに性的興奮は覚えないです」


「マジ!?」


「マジですって。夜叉ちゃん、今の発言はあなたの方が犯罪者臭しますけど」


「え、幼女に性的興奮を覚えないの……? 私でさえ覚えるのに?」


「とっとと捕まれ」


「鏡を見る度に、私は自分で自分を襲いたくてたまらないんだ……合わせ鏡なんて最高だよね。私という最強の合法ロリが無限に誕生する空間なんだから」


「きっしょ」


 ド変態だった。


 変態なのは知っていたけど、まさか己自信にまで欲情するほどの末期患者だったとは……もう病院なんかじゃ手遅れだ。


 刑務所だ。


「はあ。私はこんなに君のことを思っているのに、どうして君はこの思いに応えてくれないんだろう」


「『恋に焦がれて泣く蝉よりも鳴かぬ蛍が身を焦がす』って言葉、知ってます? 俺はどっちかって言うと、もっとおしとやかな子の方が好きなんですよ」


「新しく隣の席に来た子、みたいな?」


「…………」


 急カーブで以って話題を戻してきやがった。


「幼女幼女を幼えこんだ君の話を聞いてる限りだとそう聞こえるよ」


「おさなえこんだってなんだよ」


 要所要所を押さえ込んだ、だろ。


 ロリの話題から離れろ。


「……あれはお淑やかって感じじゃありませんよ。物静かではあるかもしれないけど、そうじゃなくて――周囲を、見下してるだけです」


「君みたいにかい?」


 行儀悪くカウンターの上に腰掛けたまま、夜叉ちゃんはそんな風に相槌を打ってきた。


 核心に触れるような、気分の悪くなるような相槌だった。


「いいじゃないか、似た者同士。仲良くなれそうじゃない?」


「……冗談じゃないっすよ」


 まさに同族嫌悪。いや、もう自己嫌悪だろうか、これは。


 互いに腹の中で見下し合うような、一切の信頼を置けないような関係性、疲れるだけだろうが。


 だったら夜叉ちゃんの方が何千倍もマシだ。


「そう怒るなよ。お詫びと言ってはなんだけど、いいニュースを聞かせてあげるからさ」


「妊娠でもしたんですか?」


「この身体で妊娠するのって、なんかちょっと怖いな……」


「自覚ありまくりじゃないですか」


 どっちが子供かわからなくなりそうだしな。




「そうじゃなくて。実は、新しくバイトを雇ったんだよ」




「は? バイト?」


「そそ」


 カウンター上でレジスターをガシャンガシャンと弄りながら、唐突にそんなことを言い出した。


 そういうところが無駄に子供っぽいから本当にやめてほしい。


「バイトって……ただでさえ閑古鳥が鳴いてるのに、これ以上人件費増やして大丈夫なんですか」


「今更だよ。私だって昼間っからあんあん鳴いてるし」


「俺がいない間に何してるのあんた……」


 もうやめようかな、ここ。


「一人くらいなら大丈夫だって。それにね、新しい子。なんと女の子なんだよ」


「なんですと」


 ちょっと食い気味に反応してしまう。


 所詮男子高校生なんてこんなものだ。


「いやあめっちゃ可愛いよ、あの子。履歴書の写真見た時点で九割採用したつもりだったけど、実物はもうオーラがヤバかったよ。この町にあんな別嬪さんがいたとは思わなんだ。ようやくうちにも若くて綺麗な花が来たね」


「そ、そんなに可愛いんですか……」


「名前は、確か詩織しおりちゃんって言ったかな。あはは、本屋のバイトに詩織って、ちょっと出来過ぎてるよねぇ」


 初冬に積もった雪くらいうっすらと期待してしまっている自分がいる。


 我ながらチョロすぎだ――とは言え成る程、俺の青春は学校ではなくバイト先で始まるというわけか。バイト先の後輩となると俺が先輩として手取り足取り色々教えてあげたり、そう言うシチュエーションも起こるに違いない。ともすれば、そこに友情、或いは愛情の一つや二つ、ラノベなら芽生えるってもんだろ? え? この世界はラノベじゃないって? うっさいやい。


 夢くらい見たっていいだろ。


「そんなわけでさっそく明日からその子が来るから、残念だけどろっか君は明日から来なくていいよ」


「はっはっはっ。海に沈めてやらぁ」


 俺よりよっぽど仕事をしていない夜叉ちゃんこそクビになってしかるべきだ。


 店長がカウンターの上に座るな。




「そう言えば」


 と。


 夜叉ちゃんが唐突に話をねじ曲げてくる。


「これ、やっとうちにも入って来たよ」


「なんすか?」


 夜叉ちゃんが差し出してきたのは、一冊の本だった。


 ライトノベル。


 タイトルは、『君を探す僕、僕を見落とす君』。


「四月に出たばっかりの新刊みたいでさ。なんでもシンデレラ文庫新人賞の一年ぶりの大賞らしいんだけど、発売後即重版がかかるほどの人気だったっぽくって、ようやくうちにも在庫が回って来たってわけよ」


 この店は見た目のぼろさからもわかる通り集客率がよろしくないので、入荷してくる本の数も極めて少ない。そのうえ、アニメ化で話題になった本や即重版がかかるような人気の新刊は初版がごく僅かに来る以外は、遅れて入ってくる仕組みになっていた。


 夜叉ちゃんが差し出す本を手に取り、改めて表紙を見る。学生服を着た男女が佇んでいるイラストを見るに、冒険モノや異世界転生ジャンルではなさそうだ――そして金色に輝く帯には、『第四回曙光社シンデレラ新人賞大賞』の歌い文句がでかでかと書かれていた。


「もう読んだ?」


「いえ。タイトルだけはチラシで見たから知ってましたけど、あまり気にしてませんでした」


「そうかい。なら読んだ方がいい」


 言って夜叉ちゃんは、半ば押し付けるようにその本を渡してきた。


「ここ最近読んだ本の中じゃ、一位二位を争うレベルの出来だったね。なんて言うか、クオリティがもう違う。続編に新作に焦らされてる有名作家より生き生きとしてるのに、そのはずなのに場面一つ一つが丁寧に描写されてて、挿絵もかなりの腕利きが担当してるし、私的には必見だと思ってるよ」


「そ、そんなにですか……」


 先ほど自称していた通り夜叉ちゃん自身も結構本の虫だったりするのだが、彼女のライトノベルにおける重要要素の八割は挿絵にあるそうで、内容より挿絵に惹かれて本を買うことも多いらしく、なんなら家にあるラノベのうち半分は挿絵だけ見て全容を読んでいないという話も聞かされたことがある――なので、そんな彼女がこんな風にストーリーや構成をべた褒めするというのは、かなり珍しいことであった。


「ってなわけで、これあげるから。景気づけに読んでみるといい」


「はあ……ありがとうございます」




「もしかしたら、君の創作意欲が復活するかもよ」




 ピクッ、と。


 本を受け取る手が一瞬固まる――が。


「しませんよ。そんなもの」


 適当にあしらって、片手で雑に受け取った。


「そう残念なことを言うなよ。私としては、また君の書いた話が読みたい限りだけどね」


 全くこの人は、作者冥利に尽きることを平然と言ってのける。


 その台詞がどれだけ嬉しいか。


 その台詞がどれだけ悔しいか――知ってて言っているのだろうか。


「余計なお世話かもしれないけど、その作品が君の何かになれば幸いだよ」


「…………どうも」


 幸い、か。


 俺にとってそれは、幸いと言うより辛いだけなんだけどな。


「わざわざすいません、頂いてしまって」


「いいよいいよ、気にしないで。上司の気遣いってことで、君の給料から天引きしておくから」


「馬鹿じゃねえの?」




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