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エピローグ

 あれから、約一年が経った。


「ちょっと。何勝手に時間進めてるんですか。しかも一年って」


「仕方ないだろ。若干ページ数が足りなくなりかけてるんだから、巻きで行かないと」


「もう終わるからってメタ発言しないでくださいよ……」


 ゴールデンウィークを控えた四月下旬の平日のある昼下がり、俺はバイト先でもある須佐之男書店にて、何年経とうが姿の変わらない荒木先生の親族かもしれない夜叉ちゃんと、パソコンを前に茶番を繰り広げていた。


「ページ数? いや、俺はちゃんと規定以内のページに収めてますけど」


「この調子だと規定の一三〇ページ超しちゃいそうなんだよね。後から構成し直したら更にページ数増えるかもしれないし、ちょっとまずいかなーって思ってさ……うーん」


 締め切り前の漫画家みたいな唸り声をあげた後、夜叉ちゃんは思いついたように、


「ねえダーリン。送り先をGA文庫からGAGAGA文庫に変えない?」


「何てこと言い出すんだよお前は!」


 増やしてんじゃねえよ!


 三つに増やしてんじゃねえよ!


「いやほら、GAGAGA文庫なら百五〇ページまで行けるしさ。それにほら、わたるんに会えるかもしれないよ?」


「先生をつけろ先生を! お前は渡航先生とは何の接点もない!」


「でもダーリン、どうせダンまち読んでないんでしょ?」


「読んでないけども!」


「ソード・オラトリアも読んでないんでしょ?」


「ソード・オラトリアどころかソードアート・オンラインも読んでねえよ!」


「じゃあ逆に、何を読んだんだよ」


「……いもウザ」


「あー、はいはい」


「なんだその乾いた反応は! というかページ数が足りないのにこんなやり取りやってる場合ですか! そもそもページ数なんて、夜叉ちゃんがロリ巨乳の話してなければギリギリ足りてたと思いますけど!」


「いや、あれ伏線だし」


「伏線!? どこに繋がるって言うんですか!?」


「第二八話の」


「遠い未来だ―!」


 多分訪れない未来だ―!


「ほら、GAGAGA文庫ならWord形式で送れるし楽でいいじゃん。テキストファイルに直すのだるいんだよね、正直」


「赤裸々すぎる……」


「GAGAGA文庫マジ神だね。発行するラノベ全部神だね。面白さの塊だね」


「媚の売り方下手糞過ぎません?」


 あまりにも露骨すぎる。


 いい加減選考委員から見放されそうだ。


「でもGAGAGA文庫ですか……俺、平坂読先生に会うのが夢だったんですよ」


「え、あの人小学館のパーティーに来ないって噂だよ?」


「うっそまじで!?」


「なんでも、KADOKAWAのパーティーによく行くらしいけど」


「えー……MF文庫にしよっかなぁ……」


 なんて。


 何故そんなしょうもないやり取りをわざわざ執り行っているかと言えば、それは、今日と言う日が俺にとって、運命の分かれ道とも言える重要な日だからである。


「はー……しかしそうは言っても、緊張するもんですね……」


「なんだよ。二年半前にも一度味わってるんだろ? いい加減慣れろって」


「たった二回で慣れるようなことって、逆にあまりないと思いますけど……」


 だが、先程からの彼女とのやり取りも、ある意味では俺の緊張を解すためにいつも通り馬鹿な子芝居を繰り広げてくれているのかもしれない――なんて、これは口にすると絶対調子に乗るだろうから気付かないふりをしておくけれど。


「それに、落ちたって仕方ないだろ。新人賞に作家物で応募した気味が悪いんだから」


「うっ……」


 いや、いつも通りだな、この人は。


 ガラスのハートになっている俺を容赦なく貫くような、デリカシーのない発言だった。


「だって、仕方ないじゃないですか……自分にとっては、刺激を受けた出来事だったんです。それに、新人作家の話を書けるのは新人作家だけでしょう?」


「そんなことないと思うけど」


 そもそも君はまだ作家じゃないだろうに――ナイーヴな少年の心をずたずたにする発言に、流石の俺も撃沈する一歩手前だった。


 第七回曙光社シンデレラ文庫新人賞。


 天才新人作家にして俺のファンを名乗る濫読との一連の騒動があったあの時、俺はもう一度、新人賞に応募すると濫読と約束をした。約束と言うより自分で決めたことなわけなのだが、とにかくその後、濫読と夜叉ちゃん、それにみるくの応援を受けながらも、俺は『俺モテ』とは別の、完全新規のオリジナルストーリーを十月末に締め切りが迫る新人賞の為に書き上げ、応募した。


 そして年は明け、一月某日――人生二度目となる一次選考を見事に通過し、いよいよ本日、通過した作品の中から受賞作が発表される日を迎えてしまった次第である。


 ということで、その結果をみんなで見届けようということで、ここに集合しているのだった。みんなとは言いつつもみるくは学校の集まりがあるそうで来れず、濫読は先生に呼び出しを食らっているそうで遅れるため、現状、この場には二人しかいないのだった。


「まあまあ、少し落ち着きなって。少なくとも一次選考は通過したんだ、君の小説を評価してくれた人が一人くらいはいたってことだろう?」


「一人だけじゃあ、受賞は無理でしょうが……」


 実を言うと、発表は昼の時点で既に行われているそうで、つまり結果は既に出ているらしい。ただ、『みんなで結果を見よう』というのは濫読が言い出したことなので、濫読が集合するまではその結果を見ないようにしているのだった。


 既に運命は決まっている――だからこそ、余計に緊張で高ぶってしまうのだった。


「でも、私はあの話、面白いと思ったよ」


 と、夜叉ちゃんは藪から棒にそんなことを言い出した。


「な、なんですか突然」


「思ったことを言ったまでさ。ぶっちゃけ、受賞できるだけの可能性を秘めているって、私は思っているよ」


「…………」


 柄にもなく殊勝なことを言う夜叉ちゃんに対して、妙にむず痒くなってしまった。


 いきなりそんなことを言うのは反則だろう――俺が書いた新作と言うのは、ラブコメだった。


 それも、実体験を脚色した、ノンフィクションラブコメだ。


「濫ねーちゃんは、まだ気付いていないんだね?」


「ええ。あの様子じゃあ、この先も気付かなさそうですけどね」


 一年前、自身の心の弱さと井の中の蛙が如く大海を知らぬ故に小説家を諦めた俺の前に、突如として現れた俺のファンを名乗る天才美少女作家。彼女とのやり取りをきっかけに、俺は改めて小説を書くことを決意したわけなのだが――客観的に見て、もうこの状況がラノベの設定みたいな造りをしていたことに着目した俺は、そんな自身の一夏ならぬ一初夏の体験をまとめあげて、一作のラブコメとして書き上げたのだった。一時は小説家を夢見たものの、とある事情でその夢を頓挫した主人公の少年が、類まれなる才能にて気鋭の新人作家となったヒロインに出会うことで人生観を見つめ直し、再び小説家への登竜門を駆け上がっていくというストーリーになっていて、その大部分は、俺自身が体験した出来事、感情、感想から構成されており、まさにノンフィクション、小説と言うより伝記に近い物となった――いや、さすがに伝記は言い過ぎだろう。程度で言えば日記レベルの物だろうし、そこまで大それた内容でもない。


 ただ、自分にとっては、一冊の本にまとめ上げられるほどの価値がある体験だった。


 この主人公のように、俺も人間として、一連の出来事を通して成長できたと、それははっきり言える――だから、書こうと思ったのだ。


「でも、あれだけ露骨にやって気付かないって言うのも、読み手としては不合格な気がするけどね。ましてや、それが作家ともなればさ」


「まあまあ。あの部分はちょっとフィクション混じってますし……」


 何の話かと言えば――そう。当然というのもどうかとは思うが、俺が曙光社に応募する前に、濫読もこの話を読んでいる。と言うかかなり無理を言われて誰よりも早く読ませたわけなのだが(危うく現金を積まれるところだった)、なんとあの文豪女子高生、この話が実話を元にしているということに気付いていないのだった。それどころか、目をキラキラさせて読みながらも「天才女子高生作家って、さすがラノベって感じの設定ね~」とか言ってのけたのだ。


 鼻で笑うそのキャラが、まさか自分をモデルにしているなど――多分、考えていないのだろう。


 ……この一年、彼女と一緒にいてわかったのだが、濫読はかなり、その、馬鹿なんだと思う。オブラートに包もうと努力してこの言葉が出てくるのだから、結構限界を迎えているんじゃないだろうか。


 まあ、その話はどこかでするとして。


「っていうか、ダーリンはぶっちゃけどうなのさ? 一年も一緒にいるんだから、そろそろ告白の一つでもしたらいいんじゃないの? 案外、二つ返事で了承してくれるかもしれないよ? 少なくとも、向こうは君のことを良く思っているだろうし」


「な、なんですか突然」


 からかうように夜叉ちゃんはそんなことを言ってくる。


「だってさ、いくら展開的にその方が円満に終わるからって、あの終わり方はそう言うことじゃないの? 主人公とヒロインは、つまり君と濫ねーちゃんなわけだし、もし濫ねーちゃんがノンフィクションの物語であることに気付いた時、言い訳できないんじゃないの?」


「…………」


 ノンフィクション――確かにそうなのだが、多少の脚色はもちろん含まれている。特に、全体の展開に対するアクセントとして、物語のラストに大まかなフィクションを盛り込んだ――そのうちの一つが、主人公とヒロインが恋仲関係になるというものだった。お互いを先人同士だと認識し合っていた彼らの間に友情が芽生え、一年ほどの期間を共に過ごすうちに、男女としての意識を持ち始め、最終的に恋人として関係を結ぶという、良く言えば王道な、悪く言えば想像のつくような終わり方を迎えた。


 もちろん、主人公のモデルは俺であり、またヒロインのモデルは濫読である――がしかし、そこはフィクションとしての展開であり、現実における俺と濫読は、全くと言っていいほどそういう関係になっていなかった。


 いや、俺にそういう気がないわけじゃないんだよ? だって濫読可愛いし、胸でかいし、天才作家だし、フレンドリーだし? それに、俺以外と仲良くしている相手をあんまり見ないし? オマケにあれからほぼ毎日、休日祝日問わず職場なりうちなりで顔を合わせているわけだし? なんなら、言葉にしないだけでもう付き合っているような感じかもしれないし?


 ……でもなあ。


「濫読は……多分、俺をそういう目では見てないと思うんですよ」


「だろうねえ」


 呆れたような目つきで夜叉ちゃんはそうボヤく――そう。彼女の中で俺は随分と神格化されているようで、事あるごとに貢がれそうになるし、気が付けば敬語で接してきやがるし、明らかにその態度は『思いを馳せる乙女』ではなく『神を崇拝し崇め奉る信者』と形容した方が近い物なのだった。


 逆に気を使ってしまう。


 成る程、俺も面白いと思った小説や美しいと思ったイラストの作者をツイッターですぐに神呼ばわりしていたが、これは別段、そこまでいい気はしないということを身をもって教わった気分である。なんだったら学校だろうがカフェだろうがお構いなしにそんな調子の濫読のせいで、同級生に謎のプレイを要求しているヤバい奴としてのレッテルを貼られることの方が迷惑で仕方がないのだが、彼女のことを思うと、二言目にやめろとは言いづらい雰囲気でもあるわけで。


 つまり、俺と濫読の間に恋愛的な発展は、今のところ見受けられない――そしてこの先も、可能性は希薄であろうということだ。


「ま、でもそう簡単に二人にくっつかれても、私としては困るけどね」


 夜叉ちゃんはレジカウンターの上に座るという店主としてあるまじき禁忌を犯しながらそんなことを呟いた。


「なんてったって、私にあんなことをしたんだから。その上でダーリンが濫ねーちゃんとくっ付くのは、あーんなことをされた身としてはちょっと許せないかなぁ」


「うっ……その節は大変なご迷惑を……」


 まあ、色々あったのだ。


 一年も経ったのだ――そりゃ、色々ある。


 色々――うん、本当に色々と。


「……でも、別にいいんですよ」


 話を誤魔化すつもりはないが、それはそれとして、俺は夜叉ちゃんの問いかけにそう返す。


「俺だって、濫読とどうこうなりたいって、そりゃ思わないわけではないけれど――でも、どうせ現実になるんなら、もう一つの方がいいって思いますよ」


「そりゃそうだろうね」


 当然と言わんばかりに夜叉ちゃんは答える――物語のラストに織り込まれたフィクションの中で、とりわけハッピーエンドを意味するもの。


 それは――主人公が、めでたく新人賞に受賞するという内容だった。


 どうせ現実に起こるなら――もちろん、そっちの方がいいに決まってる。




「ま、実は君が来る前に結果は見ちゃったんだけどね。ダーリン、残念だけど次回も頑張ろう」




「なんてことしとんじゃオラアアァァァ!!」


 なんて。


 そんないつも通りの阿保みたいなやり取りをしていると、ガラガラッと、一層建付けの悪くなった店の扉を開いて一人の女子高生が入ってきた。


「ごめん、陸書先生! 遅くなっちゃった!」


 慌ただしく息を切らしながら入店してきたのは誰あろう、濫読詩織その人だった。


「おっす、お疲れ濫ねーちゃん」


「あ、せっちゃん。お疲れー」


 挨拶代わりのハイタッチを決める二人を眺めて、まるで姉妹みたいだなーなんて感想を抱きつつ、「お疲れ」と濫読に声をかける。


「お疲れ様です! 大変お待たせしました!」


 …………。


 これこれ、こういうの。


 なんていうか、一周回って逆に距離を感じる態度なんだよなぁ……無論、彼女に悪気がないことは重々承知しているのだけれど、みるくですらしないような丁寧な扱いには、この先も一生慣れる気がしなさそうだ。


「……濫読。いつも言っていることだが、敬語はやめてくれ。な?」


「はい! 大変申し訳ございません!」


 うーん伝わってねえなあ。


 頑張らないように頑張る島村卯月ちゃんみたいになってるなあ。


「まあまあダーリン。慕ってくれる女の子が三人もいるなんて、まるでラノベの主人公みたいじゃないか」


「いや、そうかもしれませんが……ん? 三人?」


 みるくと濫読と――誰だ?


「私に決まってるじゃないか」


「…………」


 慕って……いるのか? この人の場合。


「慕っているというより、いつでもしたり顔って感じかな」


「いや上手くねえから」


 いい年してくだらないことを言うな。


 マジで何歳なんだよあんたは。


「ほら。役者も揃ったことだし、ちゃっちゃと結果を見ちゃおうよ」


「ああ、そうでしたね」


「まあ、さっきも言った通り落ちてるんだけど」


「…………」


 駄目だ、この人の言うことをいちいち真に受けてたらメンタルが持たない――俺はカウンターにあるパソコンで曙光社のホームページにアクセスし、『第七回曙光社シンデレラ新人賞』と書かれたリンクをクリックする。


 少しの読み込み時間があって――あっという間に、ページは開かれる。


「……………………」


 上手く作られていることに開いただけでは受賞作品は見えず、スクロールすることで結果がわかるシステムになっていた。


 そして、マウスのホイールを操作――しようとしているのだが、緊張で中指が固まってしまい、上手く動かない。


 怖い。


 それは、また落選しているんじゃないか、と言う気持ちよりも――これだけ近くで応援してくれた仲間がいながらも、それでも落選してしまっていたら、いよいよ顔向けできなくなるという、責任から生まれる恐怖。


 二年半前には感じなかった、恐ろしいという怖さ。


 あれだけ大見えを切って、いざ直面すると一気に委縮してしまう辺りが小心者の証だ――そんな風にビビり散らかしていたら、その手に、痙攣したかのように小刻みに震える右手に、そっと手を重ねられる。


「大丈夫よ」


 濫読が、俺の右手ごとまとめてマウスを握りながら、真っ直ぐに瞳を見て言い切る。


「あたしが付いてるわ――どんな結果でも、受け止めましょう」


「――ッ!」


 濫読もまた――手が震えていた。


 俺と同じように。


 ああ。


 どんな結果であれ、最後まで寄り添って見届けてくれるな仲間がいるだけで、俺は間違いなく果報者だ―― 一つ深呼吸を挟み、意を決して、俺はページをスクロールした。


 カチカチと、一ラッチずつホイールを回していく。


 第七回曙光社シンデレラ新人賞大賞。




 そのタイトルは――『わっと驚く高校生活は不思議君の隣から始まります』。




「………………………………」


「………………………………」




 言わずもがな、これは俺の書いた作品ではない――少し下の方に、編集部と特別審査員からの評価が掲載されている。




 そのまま更にスクロール。






 金賞、銀賞、優秀賞、シンデレラ特別賞――。







「――え」


「――嘘っ!?」


「良かったじゃん」




 奇声を発した濫読の隣で俺が真っ先にしたことは、夜叉ちゃんをぶん殴ることだった。




 シンデレラ特別賞:『俺が小説家になるまで』




 ここまで読んでくださりありがとうございました。彼らの物語がこの先続くかどうかは、夜叉神のみぞ知る、ということで。

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