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第三章 聞けば嘲笑ってしまうようなライトノベル 006




     006




 俺が俺と言う、陸書月読という底辺作家擬きの存在を許すことになった、その翌日。


 風邪をひいていたにもかかわらず激しく濫読と言い争ったり夜叉ちゃんにおっぱい枕をされたりその様子をみるくに目撃されて泣き喚く妹をキスで慰めたり、とにかくいつもと変わらないどたばたに巻き込まれてしまったせいで、翌日、金曜日にも熱は下がることがなかった。まあ、自らの行いを冷静に振り返れば当然の報いとでも言うべきか、しかしお見舞いに来てくれた相手にこんなことを言うのもどうかとは思うが、あれだけ病人と長時間接していた濫読や夜叉ちゃん、添い寝までしてきたみるくまでもが顔色一つ変えていない様子を見ると、若干恨めしくも思ってしまう。


 そんなわけで、願ってもいない四連休が訪れた。


 とは言え金曜日は微熱程度だったし身体もだいぶ楽になっていたので、気分的にはずる休みをしてしまった感じだったのだけれど――けれど、覚悟を決めるにはちょうどいい休みだったかもしれない。


 覚悟――小説を書き続けるという、覚悟。


 別にデビューすらしていない俺なんかが一々覚悟を決める必要もないし、趣味をそこまで重く捉える必要もまるでないけれど――それでも、一年半という期間をなかったことにはできない。また小説を書き始めるという決意をした以上、それを濫読と約束した以上、適当な言い訳は通じない。しかもそれを待ってくれている一番のファンが、新人賞大賞を受賞した天才女子高生作家ともなれば、生半可な覚悟では向き合ってもいられないだろう。


 ……実はこの時点でプレッシャーが重く、軽はずみにあんなことを言った自分を恨んだりもしていたのだが、今更易々と引き返すのは男が廃る――そんなわけで、取り敢えずパソコンに向かい、自身の小説が掲載されているページを開く。最新話を読み返してどんな内容の話を書いていたのかを思い出し、続いてメモ帳を開く。


 そして――ゆっくりと、文字を打ち込んでいく。


 カチャカチャと。


 カチャカチャと。


 カチャカチャと。


 しんと静まり返る部屋にタイピング音が響き渡り、気が付けば俺は、無我夢中で小説を書き始めていた。てっきり書き方なんて忘れてしまっていて、暫くは再開できないだろうと思っていたのに、面白いくらいに小説を書いていた。我慢していたものが解禁された時のような、ダイエット明けに甘いものにでも食らいつくかのように、俺はみるくが帰ってくるまでパソコンに齧り付いて小説を書いていた。その様子を見られてみるくにこっぴどく叱られる――と思いきや、みるくはみるくで小説熱が再燃した俺を見てオリンピックでも観戦しているかのような歓声を上げだし、我も続けとイラストに着手し始めたため、俺の手が止まることはなかった。その翌日も、その翌日も、食べる時と寝るとき以外はほとんどの時間を小説に費やし、またみるくも俺の横でイラストを描きまくっていたため、その週末の鹿角家は、今世紀で最も静かな週末だったと思う。


 そんなことに没頭している内に、思い出していた。


 小説を書くことの楽しさを。


 創作活動の根本たる楽しさを――傍から見れば何が楽しいのかわからない作業の奥底に潜む、やった者にしかわからない快感を、全身が思い出していた。


 書いた小説は、毎晩ネットに投稿した。さすがに一年半ぶりということもあり、全盛期に比べればアクセス数は格段に落ちていたけれど、その悲しさなんかよりも、二、三件ほどだけの感想が付くことの嬉しさの方が何倍も勝っていた――この嬉しさもまた、俺が言として忘れていたものなのだと思うと、何とも惜しい気持ちになってしまって仕方がなくなる。


 例えばもし、あの時諦めずに投稿を繰り返していたら。


 例えばもし、あの時諦めずに再度新人賞に応募していれば。


 そんな、あったかもしれない未来を妄想してしまい――また一つ、新たな物語が考え付いてしまい、『俺モテ』と並行する形で新しい作品を書き始めてしまい、そんなこんなで睡眠時間がばっこり削られ、お陰様で迎えた月曜日は兄妹揃って寝不足気味で、なんなら若干寝坊してしまったほどだ――数十時間単位にも及ぶタイピングのせいで痛めた指をさすりつつ、いつもより遅い時間に教室へと入っていく。


 真っ先に、とあるクラスメイトと目が合った。


「ちょ――あんた!」


 濫読詩織。先週の席替えで俺の隣になった、同級生で、職場の後輩で、業界の先輩で――俺のファンの一人だった。


「なんてことしてくれたのよ!」


 濫読は俺の姿を見るや否や、自分の席から立ち上がって俺の方へと向かってくる。その様子を見た周囲の生徒は俺より遥かに驚いていたようで、全員が珍獣でも見るかのような目でこちらに視線を集めていた。


 痛い痛い。


 忘れているかもしれないが、俺は陰キャなので、注目されることにはとことん弱いのである。


「……な、なんだ濫読。俺、なんかしたか?」


「したわよ! とんでもない重罪よ!」


 濫読はものすごい剣幕でそう怒鳴りつける。


 あれ、仲直りできたと思ったんだけどな……などと困惑していると、


「あんた、今週定期テストがあるの、知ってるわよね?」


「ん? あー、うん」


 適当に歩いて自分の席に向かいながら、濫読の質問に応対する。彼女の言う通り、今週の水曜と木曜は、高校生活初めての定期テストが開催される予定だった。


「あたし、こう見えて勉強って得意じゃないの。でも仕事を言い訳にして勉学を疎かになんてできないじゃない? 学生の本文は勉強なんだし、万が一にも留年とか退学とかになったら、それこそ仕事に影響が出てくるわけよ」


「はあ」


 実際問題、高校時代に留年という概念が果たして存在するのかは微妙なところなのだが、取り敢えず濫読の言い訳を聞いてみるとしよう。


「だからあたし、真剣に勉強しなきゃいけなかったのよ――それなのに!」


 バン! と彼女は俺の机を叩きつけてから、




「あんたが小説を書くせいで、ちっとも勉強がはかどらなかったわ!」




「いや知らねえよ」


 雑にあしらって、俺は自分の席へと着く。それに倣って濫読も隣の席に座り、「あんたのせいよ~勉強教えなさいよ~」と子供のように駄々をこねだした。


 ふむ。


 こいつ、仲のいい相手にはこんな感じなのか……俺がその分類に入っているかはまだわからないが、少なくとも一時生じた蟠りは解消されたと思って差し支えないだろう。


 差し支えない――少なくとも俺は、彼女のことを友達以上の関係だと踏んでいる。


 だからこそ、言っておきたいことがる。


「なあ、濫読」


「何? テスト範囲、教えてくれるの?」


「そこからなのか!?」


 もう一週間もないぞ!


 端っから勉強する気ゼロじゃねえか!


「そうじゃなくて……えっとだな」


 俺の尊敬した作家が処女作を出したまま業界から消えるというのも嫌なので、濫読のテスト対策は後で付き合うとして――俺は、少しだけ真剣な物言いで告げる。




「俺、応募してみようと思うんだ。新人賞」




「……………………」


 ぽかーん、と口を開けて濫読はこっちを見つめる。


 自分が何を言われたのか、理解するのに時間がかかっているようだ――が、地頭のいい濫読はすぐに内容を理解したようで、


「え、本当なの!? 本当の本当に!?」


「あ、ああ……」


 子供みたいにキラキラしと目を輝かせている……俺のことのはずなのに、なんでお前がそんなに嬉しそうなんだ。


「そりゃ嬉しいに決まってるわよ。っていうか、どうしちゃったのよ? 更新頻度が高いのは嬉しいけど、頑張りすぎてない? 急に無茶して、リハビリとかしなくて大丈夫なわけ」


「あー、なんか書き始めたら止まらなくなっちゃって」


 一度キーボードを叩き始めたら、書きたいことが次々と浮かんできてしまう。ましてや一年半、小説は書かずとも妄想は続けていたわけで、逆に言えばネタをストックしてあったと捉えることもできるわけである。そんなことを続けている内に、やる気を取り戻したというか、一度は捨てていた夢が舞い戻ってきたというか――とにかく、小説が書きたくてたまらなかった。それで、だったらまた新人賞に応募してみようと、ふと思い立った次第である。


 リハビリどころか、なんならカウンセリングが必要なんじゃないかと思ってしまうほどだ。


「ふーん……でもまあ、それも才能っちゃ才能よね」


 そう言って濫読は、「そう言えば」と何かを思い出したような仕草を見せる。


「あんた、進路希望調査票ってまだ出してないわよね?」


「ああ、休んでたからな」


 実を言うと小説を書くのがあまりにも楽しかったので今日も風邪をひいていることにして欠席しようと企んでいたのだが、提出期限が今日までのプリントの存在を思い出し、渋々こうして投稿してきたのだった。


 違う、登校してきたのだった――小説の書きすぎて変換がおかしなことになってしまっている。


「あんた、どうせまだ何も書いてないんでしょ」


「よくぞお分かりで」


 鞄から未記入の用紙を取り出す。一応、第一志望の欄に公務員と書いて消しゴムで消した跡があるところを見ると、やはり自分は迷ってばかりの人間だと、再三に渡って思い知らされてしまう。


「ちょっと、それ貸しなさいよ」


「?」


 他人の進路希望調査票なんてどうするつもりだろう――とは思いながらも、まあ変なことは書かれないだろうと考えその手で濫読に渡す。無機質な筆箱からいつか俺が拾い上げたシャーペンを取り出し、第一希望の欄に勝手に記入し始めた。


「おい、何勝手に書いてるんだ――」


「新人賞、応募するのよね?」


 そう言って記入が終わった濫読は、バッと俺の眼前にその紙を突きつけてきた。




「だったらこれは――もうこう書くしかないわよね?」




 強気にそういう濫読をジト目で睨みつつ、用紙を受け取り目を通す。


 進路希望調査票。


 卒業後の進路について、本人と保護者でよく話し合い記入し、提出してください――その空欄、第一志望のところに、何かが記入されていた。シャーペンで書いたものだからいくらでも修正は聞くのだろうが、一体果たして、どんなふざけたことを書いたのだろうか。濫読のアシスタント、濫読の先生、濫読の救世主、彼女であればどれでも書いて見せそうなものだけれど、さてさてそれでは、文豪である彼女は何を書いたのだろうか。


「……ははっ」


 それを見て、思わず笑ってしまう――その様子を、濫読が微笑んで眺めていた。


 信じられるか?


 なんて書いてあったと思う?




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