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第三章 聞けば嘲笑ってしまうようなライトノベル 004




     004




「初めてライトノベルを呼んだのは、小学五年生くらいだったと思う。


「当時から親が家にあんまりいなくて、子供ながらに結構夜更かしと化してたんだけど、その時にたまたま見てた深夜アニメにハマっててさ。


「オタクならタイトルを言えば誰もが知っているような作品だったんだけど、それが相当面白くて、アニメが終わった後もその熱が収まらなくて、続きがめちゃめちゃ気になって。そしたら、原作っていう物があることを知って。学校帰りに、その足で本屋に行ったのを覚えてるよ。


「それまではあんまり物とか買う方じゃなかったから、お小遣いも結構溜まってて。その時出てた最新刊までまとめて買ったんだよ。二十巻くらいあったから、持って帰るのに一苦労した記憶がある。


「むしろそれが一番記憶に残ってるわ。


「その時から貧弱だったからな、俺。


「うるせーよ。


「俺、結構読むスピードが昔から早くてさ。一晩で一気に読んじまったんだよな。


「そこまで驚くなよ。


「猫が喋ったのと同じくらい驚いたって……前代未聞ってほどでもないだろ。


「……続けるぞ?


「子供の頃から漫画くらいしか、本ってものを読んだことがなかったから、文字だけの本って言うのが新鮮だったのもあったけど――感動したんだ。


「感銘を受けた。


「感嘆したと言ってもいいかもしれない。読み終えた後の、身体の内側が仄かに熱く火照った感覚は、今でも鮮明に覚えている。


「子供ながらに、その不思議な感覚の正体がわからなくて――どうすればいいかわからなくて、取り敢えず読めばいいかって雑な方法を思いついて、本屋に行って、気になるラノベを買っては読んで、買っては読んでを繰り返して、気が付けば、どっぷりラノベにハマってたんだ。


「でも結局、ハマりはしたけれど、胸の奥の感覚が消えることはなかった。


「嫌な感覚ではなかったから別に良かったんだけど、ずっとドキドキするような感じだった。


「だから考えた。


「押して駄目なら引いてみろ――読んで駄目なら、書いてみろ。


「書いてみれば、何かわかるんじゃないかって。


「色んなラノベを読み過ぎたせいで、当然、色んな作品に好きなキャラがいたんだけど、頭の中でその子たちは同じ世界線にいる――っていう妄想を、いつからかずとしてたんだ。


「典型的なオタクだよ。


「濫読もするのか?


「これを共感できる相手がいるとは思わなかったよ……しかも女子って。


「いやいや、偏見じゃないって。


「濫読が女キャラを好きなのは、別におかしいことだと思ってないから。


「話を戻すぞ?


「好きなキャラが大集合する世界――なんて言えばいいんだろうな。スマブラみたいな感じなのか?


「その中に俺がいて、俺はその子たちから行為を向けられてる――そういう妄想を、飽きるほどしてたんだ。


「……わかってくれるのか?


「いや、ドン引きされるとしか思ってなかったから、意外だっただけだ。


「ラノベで起こった出来事を引用して、頭の中で繰り広げる。でも、元の主人公とは違った糸口で、物語を進めていくんだ。


「ラノベを読んでて、たまに思わないか? 『自分なら、もっと別の立ち回りをするのに』ってこと。


「そりゃ作者から見たら、そんなの当然だわボケって感じなんだろうけどさ。


「そういう都合のいい妄想を癖にしてたおかげで、だから、話を作るのは苦じゃなかったんだ。


「さすがに他作品のキャラをそのまま使うのは憚られたから、似たような特徴を持ったオリキャラを生み出して。ついでだから、自分の好きな要素をプラスしてみたりしてな。


「それで書き始めたのが、『俺がモテまくる100の理由』って作品だ。


「作品って言えるかどうかも怪しいけどな。あんなもの、ただのオタクの妄想の羅列でしかないし。


「……なんでちょっと不機嫌そうなんだ?


「別にって……まあいいけど。


「主人公と多数のヒロインがいて、ハーレム環境を作りつつ事件を解決していくって言う、学園物のラブコメなんだけど。


「その主人公が、まさに俺だったんだ。


「もちろん俺より格好いいし、人当たりも良いし、オタクじゃないし、女の子との接し方も上手いけど。


「そんな主人公に、俺を重ねていたんだ。


「自己投影ってやつだな。


「主人公をモテさせて、自分がモテた気になって。主人公の頭を良くして、自分の頭が良くなった気になって。主人公の行動や生き様を格好いい物に仕上げて、自分もそうして生きてきたと錯覚させて。


「主人公になった気でいたんだ。


「主人公になりたかったんだ。


「可愛い女の子に囲まれて、騒がしい日常を送って、表ではうんざりしながらも内心どこかでその状況を楽しんでいる――そういう主人公に、強い憧れを抱いていたんだ。


「そんな風に妄想を具現化する頃には、胸の奥の不思議な感覚は薄れていったんだ。


「けれど代わりに、別の考えが頭をよぎる様になっていた。


「それが――小説家になりたいって言う夢だったんだ。


「誰かとこの気持ちを共感したい、誰かとこの妄想を共有したい――それまで雑にノートに殴り書きしていた自己満足は、自己満足の範疇を既に抜け出していた。


「それで中学校に入って、親から入学祝にお古のパソコンを譲り受けてな。


「やることは一つしかないだろ?


「そう、ネットに公開したんだ。


「フリーで自分の作品を公開できるサイトがあるって、調べてわかったったんだっけな――あのは、そんな神みたいなサイトがあるのかって思ったよ。


「まあ、今でもそのサイトに感謝はしてるけど。


「うん? そうそう、『小説家になろう』。


「便利だよな。


「でもまあ、結局その後俺は、公開したことを後悔するハメになるんだけど。


「……ごめん、そんなに笑わないでくれ。


「こっちが寂しくなる。


「公開したこと自体は、別に悪手ではなかったんだ。男子中学生の独りよがりな妄想にしては、SNSに晒し上げられて叩かれるとか、家族構成を割られるとか、住所を特定されるとかはなかった――いや、住所特定はされたんだった。


「うん? ああ、犯罪に巻き込まれたわけじゃないから、どうってことはないよ。


「それどころか、感想が付くようになっていったんだ。更新自体はほぼ毎日していたんだけど、最初の方は週に一回とかくらいの頻度で付いていた感想が、気が付けば五日に一回、三日に一回、二日に一回――そのうち、毎日付くようになっていったんだ。


「まあ、毎回同じ人ってわけじゃないけどな。毎回コメントをくれる人もいたけど、基本的にはバラけてる感じだ。


「でも、毎日コメントをしてる人は少ないのに、毎日感想が来るってことは、それだけ多くの人が見てくれてるってことだろ?


「その事実に気付けたときは――さすがに嬉しかったよ。


「何度も言うが、俺の書いてるのは小説と呼んでいいかどうかも怪しい、ただの自己満足日記なんだ。


「それが評価されるって言うのは、ありがたい話でしかなかったよ。


「ありがたい話でしかない――でもそれは、今思えばの話だ。


「当時の俺は、天狗になっていた。




「自分の小説が評価されていることに高揚感を覚えて、自分に才能があると、大きな勘違いをしてしまったんだ。

「読者がチヤホヤしてくれることに優越感を覚えて、自分に徳望があると、大きな筋違いをしてしまったんだ。

「作品のキャラが愛されていることに親近感を覚えて、自分に人気があると、大きな取違いをしてしまったんだ。




「間違った。


「間違って、血迷って――何を血迷ったのか、その小説を応募しようと思ってしまったんだ。


「第二回曙光社シンデレラ新人賞――そう、濫読が受賞した、ガンスリンガー文庫の新人賞。


「第二回だから、春に開催された奴だな。濫読が受賞した年の、一年前の新人賞だ。


「奇しくも、俺もその新人賞に応募してたんだ。


「中学二年生の四月。応募締切直前にそう思い立った俺は、『俺モテ』の冒頭から応募規定内に収まる部分までを搔い摘んで、一巻で完結した内容に書き換えて、あらすじを添えて、いっちょ前にペンネームまで考えて――応募した。


「そのことは、俺と夜叉ちゃんしか知らない。妹にすら話していない。


「黒歴史だからな。


「黒く塗り潰してしまいたいほどには、黒歴史だ。


「通過過程はお前も知ってる通りだ。四月に締め切りの春開催分は、七月中旬に一次選考、十月下旬に受賞作発表で、その栄えある作品たちは翌年四月に書籍として発売される。


「俺は、自分の作品が書籍として発売されることが楽しみで仕方がなかった。


「受賞どころか一次選考すら通過してないのに、どころか不備があってそもそも選考対象ですらないかもしれないのに、そんな遥か先の憧憬の景色を夢見て、ドキドキワクワクしてたんだ。


「阿呆な話だろう?


「そう、救いようのない話なんだ。


「しかも、余りにもたちが悪い。


「どうたちが悪いかって?


「…………。


「通過しちまったんだよ。


「一次選考を――何の因果か、何の間違いか、通過してしまったんだ。


「夏休みを目前にした頃、一時通過者発表のページが応募サイトで公開されて――その中に、俺のペンネームがあったんだ。


「あってしまったんだ。


「その時落ちていればよかったものを――非情にも、通過してしまったんだ。


「どうなると思う?


「ろくに経験を積んできたわけでもない、子供の思い付き感覚で書き始めた小説が、突然そんな風にプロの連中から評価を受けて――中二病真っただ中の男子中学生は、どうなると思う?


「調子に乗ってしまった。


「簡単な話だ。


「調子に乗らないわけがない。


「そんな風に、面白いくらいに事が運んでしまって、その上挫折も苦労も知らないで、笑ってしまうほどとんとん拍子で状況が進んでいって――好転して。


「好転してると、その時は信じて疑わなかったんだ。


「状況は、好転どころか悪化しているとも知らずに。


「悪化――そうだ、あれは間違いなく悪化だ。


「寧ろあの時、一次選考で落ちていれば、今でも小説を書き続けていた可能性は、少しくらいはあったかもしれない。


「でも、なかった。


「十月某日。


「受賞者一覧のサイトに――俺の名前は、掲載されていなかった。


「当然だ。


「掲載されてるわけがない。今こうして話してみても、どこに受賞していると思える要素があったのかすら見当たらないほど、その理由ははっきりしているんだ。


「けど、当時の俺はわからなかった。


「メールが来ていた。


「選考シートだ。


「一次選考を通過し、受賞作品から洩れてしまった作品には、希望者に選考シートが送られてくる。


「俺は特に希望した記憶もないけれど――デフォルトで、希望の旨を問う欄の回答が『はい』になっていたんだろう。


「選考シートが来ていた。


「それが何かわからなかった。


「だから、何の気なしに添付ファイルを開いた。


「そこに――書かれていた。


「俺の小説の感想。


「ネットでかけられる、ぬるま湯のような優しい言葉じゃない――プロの方々からの熱湯のように熱く激しい講評。


「良い点、悪い点、生かした方がいい点、注意した方がいい点――様々な内容が書かれていたと思う。


「けれど、俺はその内容をほとんど覚えていない。


「読んでいない。


「自身に満ち溢れていた中二病患者は、『落ちた』という事実だけを、いつまでも受け入れられずに引っ張っていたから。


「評価が聞きたいんじゃない。


「どうして落ちたのか――それだけが聞きたかった。


「知りたかった。


「ざっと選考シートに目を通して――内容はほとんど頭に入っていないけれど、とある一部分だけが目に入った。


「『小説家と言う職業を、まるで冒瀆しているかのような作品』。


「『ライトノベルのライトの意味を、面白いくらいに取り違えている』。


「『激しい自慰行為を一方的に押し付けているだけの、ある意味珍しい作品』。


「『正直、どうしてこれが一次選考を通過できたのかがわからない』。


「誰がどういう意味で書いたのかは知らないけれど――罵倒にしか聞こえなかった。


「ぐちゃぐちゃになった。


「それを読んで、俺の頭はぐちゃぐちゃになった。


「ぐちゃぐちゃに――何を目指していたのか、何を思っていたのか、何を考えていたのか。


「何もわからなくなった。


「わかったことと言えば――俺の小説は、落選したということ。


「受け入れてもらえなかったということ。


「認めてもらえなかったということ。


「俺の小説が――認めてもらえなかったという事実。


「呆然自失とするしかなかった。


「否定された気がした。


「俺の妄想を、俺の作品を――俺と言う人間を、否定された気がした。


「何を思いあがっていたんだ。


「お前みたいな奴が――主人公になんて、なれるわけがないのに。


「誰かが、俺に、そう言った気がした。


「そこで途端に、目が覚めた。


「何をやっているんだ、俺は。


「中学二年生にもなって――何が小説家になるだ。


「小説家や漫画家って言うのは、もっと早くにその才能の片鱗を見せてる奴が頂点に行けるのであって、今から闇雲に目指したところで他愛もなく就ける職業ではない。


「現実を見た。


「改めて――自分が書いた小説を読み返した。


「怖気がした。


「今まで自分は、こんなものを楽しそうに書いていたのかと。


「中学二年生にもなって、よくもまあいけしゃあしゃあと、こんな恥ずかしいものを書いていられるな――そう思って、絶望した。


「絶えた。


「俺の夢は――そこで絶えた。


「音を立てて途絶えた。


「何が小説家だ――馬鹿馬鹿しい。


「濫読を前にしてこんな言い方はあんまりかもしれないけれど――そう思うしかなかった。


「そう思うことでしか、前に進めなかったから。


「慣れもしない憧れをいつまでも抱くなんてみっともない、もっと堅実に生きて然るべきだ――俺が勉強するようになったのは、それくらいの時期だったと思う。




「で、今の俺がいる。


「……終わりだ。


「これで――終わり。


「俺の黒歴史は――ここで終わりだ」




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