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第三章 聞けば嘲笑ってしまうようなライトノベル 002




     002




 風邪をひいてしまった。


 原因はやはり、昨日雨に打たれて体が冷えたせいだろうか……家に帰ってからはみるくと二人で風呂に入って、少し火照ったので軽めにエアコンをつけて半裸のまま晩飯とデザートのアイスを食べ、丑三つ時くらいまでみるくとイチャイチャしていたのだが、昨日一日のことを思い返してみても、風邪をひきそうな要因は夕方雨に打たれたこと以外に思い付かない。とするならば、やはり風邪を引いた最大の要因は、濫読から追い出された後に雨で体が濡れて冷えたせいとしか考えられないだろう。


 つまり、元を辿れば濫読のせいだ。


 朝、目覚ましの騒音で目が覚めたがどうにもこうにも体が重い――起き上がる気力もなくなるような気怠さと、起き上がろうとする気力を根こそぎ奪い去っていく倦怠感とがせめぎ合って、俺をベッドから離さない。遅れた五月病かと疑うようなあまりのダルさに、隣で寝ていたみるくも俺の異変に気付いた――で、熱を測ってみれば三十八度、めでたく風邪をひいてしまったというわけだ。


「じゃあお兄ちゃん。私学校行くけど、なんかあったらLINEしてね? 秒で帰るから」


「おう……ありがとな」


 直前まで俺に付き添って休もうとする妹を何とか宥め、学校へと見送る。その後、担任に欠席の連絡をするために学校に電話をかけ、そのまま這うように階段を上がってベッドに潜り込んだ。


「…………だっる」


 一晩隣で寝ていたみるくにうつっていないかというのが実際問題、一番心配ではあるのだが、それ以外にも心配事が色々ある。例えば進路希望調査票をまだ提出していないこととか、欠席してしまったせいで濫読との和解が先延ばしになってしまったこと、夜叉ちゃんに対するお詫びも今日は出来なさそうだ。


「……あ、そうか」


 わずかな力を振り絞って寝返りを打ち、枕元にあったスマホを操作する。連絡先から夜叉ちゃんを選び、『すいません、熱が出てしまったので今日はお休みさせてください』とメッセージを送った。本来であれば職場への欠席連絡にメールやメッセージを使うのは憚られるが、夜叉ちゃんとの仲なので多分大丈夫であろう。


 取り敢えず、しなければいけないことは済んだ。


 本当は掃除とか洗濯とか、いつも妹に肩代わりさせている家事を代わりにやっておこうかとも考えたのだが、流石に体力がそれを許してくれなさそうだ……食欲だってまるでないし、みるくには悪いがこのまま寝させてもらおうと思う。


「……………………」


 だが、直前まで眠っていたせいもあってかすぐに就寝することもできなかった。


 目を閉じる――閉じたまま、ぼーっとしている。


 ぼーっとしたまま考える。


 そう言えば昔から、風邪をひいた時とか、そういうとき以外にこうしてぼーっとしていることは少なかったような気がする。すこし前までは隙あらばパソコンにかじりついて小説を書いていたし、最近では隙間時間さえあれば知識をつけようと勉強するかラノベを読んでいるかのどっちかだったからなあ――そんなことを考えていると、ふと、あの傑作の中の傑作とも言える『君を探す僕、僕を見落とす君』が読みたくなってしまった。


 本を読む体力くらいは残っているだろうか――そう思い起き上がろうとするが、直前で思い出した。そうだ、確かあれはみるくが昨日読んでそのままだったからリビングにあるのか――さすがにわざわざ階段を下りるのもしんどい、そう思い直して、結局俺は諦める。


 すんなりと諦める。




 こういうことはさっさと諦められるのに――小説を書くのは、どうしてさっさと諦められないのか。




「…………」


 諦めたはずだった。


 諦めて、見下して、過去に捨てたはずだったのに――それなのに、暇さえあれば俺モテの続きが、他にもいろんな物語が、頭の中で紡がれていく。手で書かずとも頭で考えているのなら、それは諦めきれていない証拠なんじゃないだろうか。


 捨てきれていない証拠なんじゃないだろうか。


 小説家になりたいという夢を――消化しきれていない証拠だ。


 だから俺は、濫読にあんなことを言ってしまった。




 天才に――俺の何がわかるって言うんだよ。




 聞くに堪えない、そんな惨めな台詞を吐いている時点で、所詮程度が知れているだろう。人の努力を恨み、才能を妬み、成功を羨むような、陰惨で惨憺な態度を、平気で取れるような奴の夢が、まさか叶うわけもない――ただ、それでも。




 その根性を恨めしいと思ってしまった。


 その天賦を妬ましいと思ってしまった。


 その未来を羨ましいと思ってしまった。




 ライトノベル作家――かつての俺が渇望したその憧憬を、高校生にして手にした彼女を、手放しで賞賛できるほど、俺は自分の夢を諦めきれていなかったのだ。


 それでも言葉にはしなかったのに、顔にも出さぬようにしたのに――濫読の発言についカッとなって、うっかり口走ってしまった自分の愚かさに参ってしまう。


 あれくらい、軽口だと思って聞き流しておけば良かったのに。


 まあ、いくら願ったところで時間は戻らないし、俺と濫読の関係も戻るかどうか怪しいけれど……次に会うときは、弁明の余地くらいはあるだろうかと、そんなことを考えている内に、思考が遠のき、気が付けば俺は、眠りについていた。





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