第八十八話 弦月の絵
「すごいな弦月! 俺たちそっくりだ!」
誉め言葉の嵐が私を包み込む。たぶん私の頬は赤く染まっていることだろう。
「い、いや、そうでもないよ……。描きなれてるだけだろうし……」
「それでもすごいよ! いいなあ、俺あんまり絵上手くないんだよ」
私のより背の低い苺ちゃんが、一生懸命手を伸ばして私の頭を撫でている。
正直普通に照れるからやめてほしい。
私はただみんなの絵を描いただけなんだけどなあ。そんなに上手か?
自分の絵に自信がないわけじゃないけど、過大評価がすぎるでしょう。
「これ飾っていいの?」
主が顎に手を置いて、感心したように言った。
「いいよ。そのために描いたんだし。どこにでも飾って? 大きさも調整していいし」
そう言ってまた一枚を丁寧に切り取って額に入れて渡す。
「ありがとう、どこがいいかなあ……」
みんなが二列に並んだただの絵、のはずなんだけど、まるで写真のように鮮明でみんなの顔もそっくりだ。
私自身もここまで描けるとは思ってなかったけど、喜んでもらえて嬉しい。
主に飾る場所を任せて、私はみんなからの誉め言葉を受け取っていた。
みんなよく誉めてくれるなあ。めちゃめちゃ嬉しいや。
「ありがとうね、みんな。描いた甲斐があったってもんだよ」
「本当すごいね~、私たちの中で一番上手いんじゃない?」
「いやいやそんなことないでしょ~」
「いや、ある」
「え?」
突然茜ちゃんが横に現れた。最初からいたのかもしれないけど気配がしなかったな。
「私、絵描けないから」
茜ちゃんは不思議そうに首を傾げながら言った。……絵が描けない? あの茜ちゃんが?
「嘘でしょ~、模写とかめっちゃできるでしょ」
「できない」
「えー」
確かに茜ちゃんが絵を描いている姿は見たことがないな。というかみんなの絵を見たことがない。
「本当だよ」
今度は龍兎君がいつの間にか茜ちゃんの肩に腕を置いていた。
二人ともせめて気配を消さないで近づいてくれ。びっくりしちゃう。
「茜、絵下手だもんね。俺だけど」
龍兎君がそんなこというなんて、って思った。
茜ちゃんのことならなんでも肯定しそうなのに。
「え、そうなの……?」
肩をすくめて目を瞑った茜ちゃん。その隣でへらへら笑ってる龍兎君。
二人とも嘘をついているのかと思ったけど、そうでもないみたいだ。
えー、そうなの? 二人とも描けないの? 「なんでもできますよ私たち」みたいな顔してるのに?
「できないこともあるってことさ。まあ茜の場合は極端だけど。壊滅的だもんね?」
茜ちゃんの顔を覗き込むようにすると茜ちゃんは拗ねたように顔を逸らした。
ええ~? まじか。本当なのか。
笑いながら茜ちゃんの頬をつつく龍兎君は、とても子供みたいだったけど、それより二人のことを信じられなかった。
私は絵を描いて生きてきたから、絵が描けない、ましてやあの二人が描けないなんて信じられなかった。
見たことないのは、見せてくれなかったってことなのかな。
「さてさてみんな、絵は主に任せるとして、今日は仕事の日だ! 早く終わらせちゃうよ!」
手を叩いてみんなを注目を集めてから苺ちゃんが言う。みんなのお母さんかな?
今日はそうか、みんなで仕事の日だったか。忘れてたや。
この前、主の書類でとある地上を消すことが決まったらしい。地上を消すということは簡単なんだけど、苺ママが食材がなくなってきていると言うので、その地上の人間たちを集めようとなったわけだ。
まあつまり、一つの地球に住む人間たちを全員殺そうってこと。死体を時間のない空間にいれて保存。いつでも食べられるようにしようねって。
……この場所に、二次元に来たばかりの頃、よく見ていた食人行為も殺人も、実際にこの目で見るとなると堪えるものがあったけど、慣れてしまったな。
初めて食べた人の味は、恐怖と涙の味しかしなかったのに、今となっては娯楽と肉の味だ。豚肉と牛肉の違いがわかるように、人の肉の違いも分かるようになった。
まあ、私の場合はこの状況に慣れないといけない理由があったから、意地でも慣れようとしてたからの結果かもしれないけどね。
……私以外の人が同じ状況にいたら、慣れていただろうか。私がおかしいのだろうか。
「ほら、弦月早く行くよ」
「あっ、うん!」
そうだ、今はそんなことどうでもいいんだ。早く人を集めないとね!
「そうだ苺ちゃん、私苺ちゃんの魔法見たいな。絵のネタにさせてよ」
「おお? いいぞ! 植物魔法でいいか?」
「うん! あ、みんなの魔法も見たいなあ!」
ゲートへ向かうみんなに駄々をこねるように両手をあげて言ってみた。
「僕、魔法は使えないけど……千里眼と糸で良かったら見せるよ!」
「私も銃で良かったらお見せしますよ!」
「リンゴもリンゴも~! 猫ちゃんいっぱい見せてあげる!」
みんな私の絵にネタになりたいようだ! あとでみんな一人一人も描いてみようかな!
「みんなありがとう! いっぱい絵が描けそうだよ!」
肩を並べて笑顔で歩く私たちをよそに、茜ちゃんと龍兎君は後ろで何か話していた。
小声で聞こえないようにしているのか、私たちには何も聞こえないけれど、私の絵について話しているのかなと思った。
……そういえば、私の絵はみんなにあまり見せたことがなかったな。
今度いっぱい見せてあげよう。褒められるのは嫌いじゃない。
「さあ行こうか!」
私たちは二人の邪魔をしないで、ゲートへ向かった。
「ねえ、茜はどう思った?」
「……」
「弦月の絵だよ。……俺は、弦月の絵も、絵を描く姿も――」
「——恐ろしい」
「……うん。とてもね」
「……私と龍兎だけなのでしょう。そう思うのは」
「そうみたいだねえ……。あれほど恐ろしいと思うものは見たことがなかったのだけど。拷問されてる気分だったよ。なあに? あれ。絵とはあまり関わってこなかったけど、あんなものじゃないでしょ」
「……」
「弦月だけだよ。そう思わせるのは。……どうする?」
「……そのままにしておきましょう。正体がわかるまで、手出しはしないよう、分身たちにも伝えて」
「分かった」
「……“進行”に問題があるようなら、すぐに対処しなさい。危険と感じたのならすぐに」
「……了解。茜も気を付けてね」
「……ええ」
「そういえば、その件についても聞きたいことがあってさ」
「……」
「やっぱり弦月が関係してると思うんだ。全部弦月が――」
「その話は空間でして」
「……ごめん。……またあとで」
「……」
「“進行”に問題があるのなら私は……」




