第五話 私達の仕事
ぐらっと揺れる視界に思わず目を瞑った。そして次目を開けた時には、白すぎる空間はなくなっていて、代わりというように眩しい光が目を貫いた。
太陽光。チカチカと光るそれに目が慣れず、何度も瞬きをしてしまう。
「……目が痛い」
思わず呟いたそれの理由。寝起き、直射日光の二つが合わさり、私の頭を締め付けるような痛みを生み出す。瞬きの他に、何度か顔を顰めてはようやくその場になれてきた。
見渡せばどこまでも続く青色の世界。足元を見ればいくつもの屋根。どこかへ向かう人達は皆、私たちの存在に気付いてはいなかった。
「んで? 今日は何するの?」
つま先でバランスをとるように、電線の上にしゃがみ込めば、落ちないよう鞄を膝の上に置いた。
「あの人を変える」
茜ちゃんは家にいる時以外寡黙だ。なぜか話しても一言ほどで、口調も冷たい。今日も興味がなさそうな声を出せば、ゆっくりと指を動かした。
指さす方向に目をやれば、ごく普通の一軒家があった。隣近所に並ぶ家と比べ、少し広く、庭が手入れされていることを除けば、ただの家だった。ベランダに洗濯物が丁寧に干され、開いた窓から見える部屋は女の子の部屋だったようで、整理整頓された本棚が目に入った。
家の内装を詳しく見ようと目を凝らしていると、扉の開く音がして女の子が出てきた。
手入れされた焦げ茶の髪を後ろで高く結び、恐らく高校の制服を着ている。ごく普通の女の子に見えた。
俯いたまま歩く姿を目で追いかけて、少し目に力を入れればキイィンという不快音と共に文字が浮かび上がった。それは私にしか見えない文字だ。
『北川 晴実
17歳 女性 4月3日生まれ A型 162cm 46kg
家族構成 父(詳細記載) 母(詳細記載) 自 ペット有(詳細記載)
青来県心希市心希町***-****
心希市立高等学校在学中二年(詳細記載)――』
それは戸籍から精神状態まで書かれた書類のようだった。個人情報漏洩どころではない。本人ですら知らない気持ちまで詳細に書かれている。
そんな文字を、私たちは簡単に見ることができる。
これは“個人情報”(プロフィール)。そう呼ぶ能力の一つだ。
浮かび上がった文字は、まるで自分の目の前に表示されたかのように感じた。電線の上から女の子までは何メートルあるか分からないが、決して手の届く距離ではないのに。
「この子の何を変えるの?」
空中に浮かぶ茜ちゃんは先ほどと変わり、私と目を合わさない。
「運命」
「運命……? ああ、もしかして死ぬの? この子」
そう言って女の子から浮かび上がる文字を目で辿っていけば、茜ちゃんがふいに私の耳に触れた。
どろっとした重い感覚が耳から蛇のように伝えば、それは私の左目の奥へと移動し、浮かび上がる文字を一つ追加した。
『北川 晴実 17歳 “死亡確定時刻****年” 6月23日**曜日(確定享年17歳) 女性 4月3日生まれ――』
「……明日」
告げられた言葉はその子の寿命を意味していた。
何も無いところに目を向けて力を使えば“この地上”の日付を表示した。今日は6月22日。この子が死ぬ1日前だった。
「明日死んじゃうんだね。可哀想に。じゃあ助けてあげないとね」
心にもないことをさも同情するかのように呟けば、ゆっくりとその場から立ち上がった。
「すぐ終わる」
冷たい目をしたままの茜ちゃんは、私より先に姿を消した。まるで無数の蛇に囲まれ、どこかへ連れて行かれるように見えなくなった。
「早いなあ……」
私はその場から自分を消しゴムで消し去るようにゆっくりと姿を消した。