第五十六話 幸せな記憶
僕が生まれたばかりの頃も、両親は僕を大切にしてた。いつも一緒で、自然溢れるこの家の周りで、かけっこやかくれんぼをして遊んでた。
たまに父さんも混ざってくれて、楽しかった。あの大きな体を見つけるのはいつも簡単だったな。
ドラゴン姿の父さんの鱗をきれいに掃除してるときも楽しかった。きれいにできたら、父さんが今度は僕の鱗をきれいにしてくれた。
山には僕たちしか住んでなくて、たまに食材を買いに山を下りていたのは母さんだった。僕はすぐ変身しちゃうから、村のみんながびっくりしちゃうんだ。
留守番のときも父さんは僕を遊んでくれた。僕が山から下りないように、飽きない遊びをよくやってくれた。
幼い僕はすぐどこかに行っちゃうから、危なかったんだ。
その日も僕は幼かった。かくれんぼで隠れる側になったとき、山を少し下りたところに隠れてしまった。
山の麓は人がいることがあって危ないんだ。そんなことも知らない僕は麓に隠れた。
そしたら村の人に出会っちゃった。村の人は僕の顔を見て、母さんの子供だって分かっちゃったみたいだった。
母さんはたまに行く村でも美人だって有名だったらしい。その子供を見つけてしまったんだ。
運の悪いことにその村の人は母さんのことが好きだったみたいで、僕を連れて山を下りて村に連れてきた。
母さんと会いたかったのかな。今となっては分からないけど。
僕は何が何だか分からなくて、気が付いたら変身していた。それから村の人たちは騒ぎ出したんだ。
そして僕を見世物として売った。売られた僕はあの檻の中に入れられた。
そうだ、僕は捨てられてなんかいなかったんだ。僕は村の人たちに売られたんだ。
両親は僕を愛してくれてた。なんで忘れてたんだろう。
ありがとう父さん、母さん。僕を愛してくれて。
ずっと探してたんだね。僕をずっと待っていたんだね。
僕は両親に愛されていた。それが分かっただけで十分すぎる。
何もかも思い出したよ。ありがとう。
僕は愛されていた。ずっとずっと愛されていた。
感謝の言葉を僕は何度も口に出した。頬に伝うそれに気づかないフリをしながら。
ありがとう、そしてごめんなさい。
父さんと母さんの顔を忘れないように、しっかりと目に焼き付けた。
いつもなら長蛇の列があるレンガの通路。数段の階段を昇ったらある豪華な椅子。その椅子の後ろには大きな黒い渦。今日この地上にやってきた最初の場所。僕が生贄として連れてこられた場所。
狼であった僕は二人より先に終わったみたいだ。足も僕たちの中で一番速いからね。
しばらくここで待っていようか。思い出にでも浸りながら。
「あー……寒いなあ」
いつの間にか凍える風が吹き始めていた。遠くに見える深い森からも、反対側に見えるぼろい家からも、冷たくて悲しい風が伝わってくる。
半袖半ズボンの僕にはきついな。ルーは長ズボンだからいいな。あ、でもリンゴなんてわんぴーす? だからな。足すごく寒そうだなあ。
べ、べつにいつも足見てるわけじゃないよ!? 寒そうだから心配なの!!
って誰に言ってんだろうな。
でもそんなことを考えられるくらいには心の傷が癒えてきたみたいだ。さっきまで落ち込みに落ち込んで帰る気力もなかったし。
さて、そろそろ二人とも来るかな。二人の匂いが近づいてきてる。
二人はどうだったんだろうか。二人とも泣いてないかな。
なんて涙を浮かべる僕が言えたことじゃないな。




