第三話 その名を神崎龍兎と舞原苺。
お久しぶりです。
「お待たせしましたー」
勢いよく玄関の扉を開ければ、先に朝ご飯を食べている家族たちと目が合う。
さっき私を起こしに来た茜ちゃんも、相変わらずの無表情でこちらを向き、リスのようにご飯を頬に詰め込んでいた。
「おはよー、昨日ありがとねー」
気の抜けた話し方で手を振る男性。へらへらと笑うその表情は、隣に座る茜ちゃんと正反対で子どもらしく見えてしまった。
「どういたしまして。何かお礼でもあるの? できれば現金がいいな、五百万くらい」
冗談を言いながらも空いている席に座り、手を合わせて目の前に並べられた食材たちに感謝した。
このリビングに置かれた家具たちも、みな白く、まるで赤い女王の庭に咲いた薔薇ように綺麗だった。長く白いテーブルには汚れ一つ見当たらず、綺麗に盛りつけられた野菜たちは色とりどりに並んでいた。栄養バランス完璧に作られたのだろう、おかずたちが盛りつけられた、皆違う色のお皿も、光輝くように綺麗で清潔感がある。
――私は、この“家”が大好きだ。
「えー、五百……? 千万じゃだめ?」
「あ、多くくれるんだ」
金銭感覚が狂っている、茜ちゃんと同様、顔の良いこの男は、名前を神崎龍兎。茜ちゃんの夫であり私達の家族の一人だ。
「今持ってるお金が管理しきれなくなっちゃって。さっきみんなにお小遣いと称して押しつけたとこ」
「みんなもいらないでしょそれ……川にでも捨てれば?」
少し跳ねた短い青い髪を、炎のように綺麗な赤い瞳で見つめながら、くるくると指に巻き付ける龍兎君は、見た目に反して随分と仕草が女性らしい。
一度女か? と問いかけたところ、「それじゃ茜と結婚してない」と言われてしまった。女性らしいというよりは、子供じみているというべきだった。
「川か……船でも作って流そうかな」
冗談に聞こえない言い方をして、目の前にあるご飯を再び食べ始めた。
茜ちゃんと龍兎君の前に置かれたご飯茶碗が、茶碗の形をしていないことには、家族の誰一人も疑問を抱かなかった。それがいつもの食卓だと、誰もが慣れているからだ。
茶碗でないなら何の形か? まあ、料理店とかにある業務用の大型炊飯器を想像してもらえれば、分かり易いんじゃないか? それを片手で持って、杓文字でもなく小さい箸で勢いよく口に吸い込むように食べているって感じ。
身長体格がでかいにしろ、胃の大きさに合っていないとは思うが、まあ、美味しそうに食べてるから文句はないさ。よくお食べ。それ以上成長されたら困るが。
「あ、苺ー。ふりかけ頂戴」
茜ちゃんが真正面に座る女の子に声をかけた。どうやら白米の味に飽きてしまったようだ。
「はい、中途半端には残さないでよ」
サイドに結ばれた桃色の髪は毛先が白く、可愛らしい瞳は髪より薄い桃色。背も小さく中学生以下にも見える彼女は、こう見えて私より歳上の舞原苺ちゃん。子どもらしい外見とは裏腹に、しっかり者で料理から掃除から洗濯までなんでも出来る。目の前に並ぶ食事を作った一人でもある。
「ありがと」
「ほら全部使っちゃって。まだ買い置きあるから」
ご飯の量は半分まで減っていた。しかしそれは大型炊飯器での量であって、一般的なご飯茶碗の数に例えると大体山盛り三十杯くらいだろうか。その量にふりかけをかけるとなると、全部使ってしまった方が良いとは言える。まあ苺ちゃんの場合、残された方が困るというのと、茜ちゃんのご飯の量ならそれくらいが良いと判断しているからなんだろう。
私はどちらかというと小食なので、茶碗いっぱいには盛られていない。ご飯を作る三人組が家族全員の食べる量を把握して調整してくれているのだ。
頭が上がらないとはこのことをいうのだろうか。