第二話 その名を神崎茜。
白で統一されたように、汚れのない洗面所は、私の私物が少し置かれている程度で、それをなくせば高級ホテルとして使われてもおかしくはない。
先ほどまでいたベッドも、私の好みの色と柄であるだけで、布団を支える脚はなんと金でできており、ゆっくりと沈むような柔らかさの布団の寝心地は人生の中でも最上級だ。
金色と純白でできた蛇口から出る、透き通るような水で顔を洗えば、魔女の呪いのような眠気は消え去った。
濡れた顔をふわふわなタオルで拭くときに見えた、ベッドから投げ捨てられた布団を丁寧に畳む茜ちゃんは、まるで豪邸のメイド長のようだった。まあ、メイドにしておくには勿体ないほどの容姿なのだけれど。
水のしみこんだタオルを洗濯機の中へと放り投げ、表情の変わらない茜ちゃんの元へ行き声をかける。
「着替えて支度するから、先に朝ご飯食べてていいよ?」
そう言ってまた小さく謝り、呆れたように立ち去る茜ちゃんを見送って、着替え始めた。タンスからいつも着ている服を取りだしては着て、髪をとかして支度を済ませていく。
普段なら七時に起きる私なのだが、昨日の仕事がかなりの疲労を生みだし、疲れ果て、糸車の針に触れたように眠ってしまったのだ。そして気付いたら茜ちゃんからの手刀。
寝坊した私が悪いけど、疲れている相手には優しく起こすようにしてほしいよ……。
最低限の常識がないんじゃないかと疑ってしまう茜ちゃんは、割と本当に常識がなかったりする。
私の家族である茜ちゃんは、私と一切血は繋がっていない。むしろ戸籍すら家族でもない。言葉だけ、形だけの家族。一緒の家に住むというだけの、ただの他人ともいえる。
しかし私を含め、他の家族たちは、それを普通と認識している。茜ちゃんが胸を張って家族だと言うからだ。
茜ちゃんにとって家族とは、自分が認めた者たちである。そのため認められなかった茜ちゃんの肉親は、今この家に住んでいない。生死すら、私たちは知らない。
家族という認識が少し変わっているだけではない。茜ちゃんは倫理観もない。人殺しを目の前にして、死体と犯人を交互に見たあと、「片付ける?」と自ら共犯者になるほどだ。
でもそんな茜ちゃんは、家族から愛されている。それに理由はない。私もない。ただ一緒にいるから、家族だから、一緒にいて楽しいから。そのことに疑問を抱いたことはない。
私たち家族は、茜ちゃんが人を殺しても、何も言わずご飯を用意して一緒に食べる。だってそれが普通だから。人殺しが犯罪だと言われても、理解はできても納得はできない。
そもそも、私たちの仕事は人殺しと大差ない。