第十九話 その名ははてなとリンゴ。
「ご飯できたよー」
ピンクと黒色の宝石が一つついた扉を優しく叩く。中から返事が返ってくるまで待ってみるが、いつになっても返事がこない。首をかしげて再度叩いてみても応答なし。
「あれ……隣かな?」
この部屋に住んでる子は、隣とその隣の子たちと仲が良くてたまに遊びに行ってるから、もしかしたらどっちかかな、と思って隣に、またその隣に行ってみたが、両方とも返事は返ってこなかった。
地上に遊びに行ったんだろうか? それならテレパシーで呼ぶか……。まあ最後でいいだろう。
一番最後の扉、緑と黄色の宝石の扉をノックしてみる。が、こちらも反応はなし。でも地上に遊びに行ってるとか、誰かの部屋に行ってるとは考えにくかった。
なぜならこの部屋の人は、仕事を多く抱えてきて、たまに手が離せないときがあるのだ。きっと仕事しているんだろう。
しかしご飯を食べずに仕事は体に良くない。しっかしご飯を食べて寝て、生活リズムをきちんとして仕事をするのが良し! なので返事が返ってくるのを待たずに部屋の扉をあけた。
「やめなさい!」
「お?」
扉をあけると、大きな声が聞こえて思わず足を止めてしまった。
「返しなさい!!」
「やー!」
どたどたと足音が響く部屋では、緑色の髪と茶色の髪が追いかけっこをしていた。仲が良さそう、とは思わなかった。二人が仲良く遊んでいるとこなんて見たことない。
「はいはい何してるのかなー?」
茶色の髪の子を抱え上げると、手に何か紙を持っているのが見えた。
「はてなさんが追いかけるから逃げてるの!」
元気な声でその紙を高くかかげるこの子はリンゴちゃん。ピンクの服がよく似合う、見た通り元気いっぱいの子だ。
いつもなら違うところで遊んでいるのだが、この部屋にいるのは珍しいな、と思いつつ、何か嫌な予感がした。
「苺さん、その紙を渡してください」
「ん? これ?」
「だめ!」
紙を取ろうとするとリンゴちゃんが腕から飛び降りて、また走っていってしまった。
「苺さん!」
「ごめんごめん。何してたの?」
リンゴちゃんは紙をもって逃げたかと思いきや、少し距離ができたら振り返って紙をひらひらとさせる。腕を振って挑発しているようにも見えた。
「はあ……。仕事中なんです。早く取りかえしてもらえませんか?」
「あー、そういうこと」
恐らくあれははてなの書類なんだろう。緑の髪をくしゃっとかきあげるはてなはその黄色の目にイラつきの感情を見せる。
なんでリンゴちゃんが持ってるのかはわからないけど、あれを奪って、追いかけてきてほしいんだろうな。
リンゴちゃんはまだ小学生。しかも本当の年より幼い性格で、自分の楽しいことを追い求める。はてなが本気で怒ってるとは思ってもいないんだろう。
「リンゴちゃん、その書類返してあげて?」
「やーだー! 追いかけっこするのー!!」
「はてなさん悲しんでるよ? それにもうご飯だよ、早くおいで?」
「やー!」
手ごわい……。さすが楽しいことには一直線のリンゴちゃんだ……。
まだこれを追いかけっこだと思ってるようだ。ずっと書類を振ってアピールしている。
「はあ……」
はてなが大きなため息をついて右手をリンゴの方へと向けた。
「あっ!」
リンゴちゃんの手にバチっと電気が走ったような音がすると、驚いたリンゴちゃんが手を離した隙に、書類がはてなの手元へと移動してきた。
「ずるい! リンゴのこと捕まえてないじゃん!!」
再度ため息をついて、リンゴちゃんのその言葉を無視するように机の方へと向かっていくはてな。
「はてなさんいじわるだ!」
「――出て行ってください!!」
突然はてなが大声を出した。俺もリンゴも肩をはねさせてしまった。
「……仕事中なんです。これ以上邪魔をするようなら強制的に転移させます」
はてなは短気だ。仕事中だったのはわかるが、子供相手なんだ、少し大目に見てあげてもいいんじゃないだろうか……。
大丈夫かな、と思いつつリンゴの方を見ると俯いていた。肩を震わせているが、泣いているのだろうか……?
「――もう、はてなさんなんてしらないもん!!」
「あっ」
顔をあげたリンゴちゃんは、やっぱり涙目で、それを言い残して部屋を出て行ってしまった。
「……ご飯、いらないの?」
机に向かって書類を進めるはてなに聞くが、返答はなかった。
仕方ない……。俺も少しだけため息をついて、部屋をあとにした。




