第一話 夢から覚めて
「おはよう」
まだ暗い瞼の向こうから声がする。聞き取りやすい発音に意思をしっかりと感じる。少し高いその声の持ち主は女性だと予想した。そしてどこか苛つきの混じった感じがした。聞き覚えのあるその声に、私は反応できなかった。
太陽の光が差し込んでいないこの部屋に、予定もない私に、一体何の用事があるのか。気になれば気になっても、寝ぼけたままの思考回路では、「ああ、昨日は仕事が疲れたな」などと関係ないことが浮かんでは消えていく。
眠る前は軽い布団が、今となっては鉛のように重かった。
ああ、どうか起こさないでくれ。生涯ここで過ごしてもいい。布団に根が生えたように動かない私を、そっとしておいておくれ。
そんな思いが相手に届くように念じて、半開きの口を閉じて、重い布団を引きずるように自分の肩までかけ――
「おはよう!」
「うぎゃっ!!」
腹部へと落ちる鋭い手。体が真っ二つになったかと思うほどには痛く、つい手で確認してしまった。
唸るように体を丸め、切断されたような腹部をさすって、そいつを睨み付けた。
「あ、茜ちゃんっ……! 何か用っ!?」
足元まで伸びているにも関わらず、きちんと手入れされた燃えるような赤い髪。全て赤で染めたようなベストと、その胸ではち切れそうな清潔感のある白いシャツに、鋭さを感じながらも決して私から逸らさない、炎のように綺麗すぎる赤い瞳。整った顔に苛つきさえ覚える。
私の腹にチョップを食らわせた、頭のてっぺんから足元まで「美しい」と表現できようこの女。神崎茜は私の家族であり、そして「夢」だ。
「今日の予定、忘れた?」
凛としたその声で告げられたものは、私の体を動かす理由には十分だった。
一瞬にして目覚めた頭に、大量の文字が浮かび上がり、私の寝起きの頭をかき乱した。
そしてたった一つの答えにたどり着いた頃、私はこの世界全てを恨むような力で、鉛のような布団をベッドから叩き落とした――。
「大変申し訳ありませんでした」
なんと綺麗な土下座だろうか。
この世に「土下座選手権」なるものがあったなら優勝のトロフィーは私のものだ。
ベッドの上で頭を下げる私に、神崎茜なるものは呆れたようにため息をつき、鋭い瞳をさらに鋭くした。
「さっさと支度して」
切り捨てるように言われた言葉に、素直に従い、私は小さく謝りながらもベッドから降り、洗面所へ足を引きずっていった。