第十八話 その名はタイムと天湖。
ぐつぐつと煮込む鍋の中、円を描くようにかき混ぜれば具材たちが泳ぎだす。
少し黄色の混じったお湯と玉ねぎ、にんじんやお肉。茶色の塊を少しずつ加えていけば、みんな大好きカレーの完成一歩手前。
まだまだ完成じゃないよ。これからもっとおいしくなる魔法を使うんだ。あ、本物じゃないよ、比喩表現の魔法ね。
「苺ー、カレーできたかしら?」
笑顔を絶やさずに棚からみんなのお皿を取り出すママ。ずうと笑顔で見ているこっちもつい笑顔になってしまう。
「もう少し!」
ママの言葉に返して、魔法という名の隠し味を加えれば、とってもおいしいカレーの出来上がり。
俺は小さい頃からママに料理を習っていて、大体のものは作れるようになっている。俺たちは大家族。ご飯の用意は想像以上に大変で、とてもママ一人では作り切れない。そこで俺ともう一人が手伝っているのだ。
そのもう一人っていうのが――
「お野菜はもう運んでおきますね」
タイムだ。腰まで伸びた黒髪を三つ編みにして、片目を前髪で隠している。その隠した片目からは、痛々しい古い傷跡が見える。
野菜は任せた、と俺はささっとカレーをお皿に取り分け始めた。
「もう一人前になったわね苺」
三人目のカレーをよそっていると、いつのまにかママが隣にいて俺の手元を見ていた。
「そうかな? ありがとう。でもまだまだ自信ないし、ママに教えてほしいこといっぱいあるから、これからも色々教えてねママ」
「ええもちろん。苺と一緒にお料理するの楽しいもの。こちらからもお願いするわ。そう、タイムさんもね」
野菜の乗ったお皿を全員分机に置き終わって、キッチンに戻ってきたタイムにママが微笑む。
「あら、いいんですか? お願いしますね!」
タイムはその微笑みに同じような微笑みで返して、少し照れくさそうに両手を後ろに隠した。あれはタイムの癖だ。タイムがここに来た時からずっと見てきた。
「さて、全部運んじゃいましょうか」
「はーい」
「頑張りましょう」
茜と龍兎の分は一番最後。量が尋常じゃないしね。最初に二人以外の全員の野菜を運んだら、次におかず、次にご飯。そんな感じ。
みんなが座る場所はいつもバラバラだ。だけどいつも同じような配置になる。ガーナとメーナたちみたいに、特に仲がいい組み合わせは隣同士になるように置いている。まあどの配置であれ、みんな文句は言わないんだけどね。みんないい子。
「お手伝いいたしましょうか?」
「ん?」
カレーを両腕にまで乗せて運んでいると、声をかけられた。声の方を見ると、紫色の髪の女性がいた。
「天湖! いいの? ありがとー」
胸あたりまでの髪を三つ編み。光の灯っていない赤い瞳をもっているけれど、優しい女性の一人だ。
「はい」
天湖は俺の腕からカレーをいくつか取ってテーブルに並べ始めた。さすがメイド、手際がいいね。
茜は天湖をメイドとして雇っている。茜の仕事場は二つあって、一つがこの場所天界。そしてもう一つが冥界だ。全世界の死者たちが集まる冥界で、地獄行きか天国行きかを決めるのが茜の仕事。しかし全世界というだけあって量が多い。なので天湖が手伝いをしているわけだが、茜はそう、仕事をしない。なのでほとんど天湖の仕事となっている。
「終わりました」
天湖の仕事ぶりに見とれていたらいつの間にか終わっていたみたいだ。キッチンに戻ったけどそこにはお皿が残っていなかった。
「おお、早いね。ありがとう助かったよ」
「いえ。毎日運んでいるわけではありませんから」
「たまに手伝ってくれるだけでうれしいの。一回も手伝わないやつもいるんだから」
全員分の料理を運んで、茜と龍兎の分の運び終わった。これからまだ食べる時間ではない。部屋にいるみんなを呼ばないといけない。
テレパシーを使って一気に呼べば済むんだけど、なんか嫌じゃない? ちゃんと部屋まで行って呼ぶのが親切って感じしない?
と、いうことなので天湖には先に席に座ってもらって、俺とタイムとママはみんなの部屋へと向かった。