第十六話 その名はメーナ・メアリーヌ。
「姉~、こっち終わったよ~」
主に渡された書類の一つには、この地球のこの場所でこの行動を阻止せよ、といったような内容が書かれていた。
地球、または宇宙は何個でもある。それこそ何億何兆と数えきれないほどだ。そのすべての宇宙に住む全生物から『願い』が届く。毎日だ。人間のAとBがいる世界もあれば、Aがいなかったり、Bは女だったりして、いくつものパラレルワールドが存在している。そんな大量の願いが一枚の紙となって僕たち神のもとへと届く。それを確認して叶えるのが僕たちの仕事の一つ。
まあでも、ほとんど主がやってて、僕たちはただ主に渡された書類に書いてあるものを叶えるだけで、こういった願いの書類、中仕事というものは僕たちにとって、たまに頼まれる仕事でしかなく、バイトのようなものだ。
ああ、僕は両親共が神だけど、神と人間のハーフなんだ。少し両親が特別で、そういった体質で生まれてきた。だから僕と姉は年を取るのが少し遅いくらいで、そこの辺の人間とそこまで変わらない。
神たちがもってる神力というのもないしね。あるのはちょっとした力くらいだし。
「次は向こうの町、行こう」
「はあい」
薄暗い路地裏で猫が道路に飛び出すのを阻止したあと、その紙を姉に渡して次の町へと向かう。
町までの移動は徒歩。ここで瞬間移動とかしたら人間たちがびっくりしちゃうし、そもそも僕たち双子は使えないしね。ほんと悔しいや。
「ねえ、あと何枚?」
姉の横を歩きながら書類を眺める姉に尋ねる。
「五枚」
姉は僕と違って口数が少なくて、感情も顔に出にくい。まあでもそんなとこが僕は大好きなんだけどね。姉の無表情に近い顔から些細な感情を読み取るのは家族の中で僕が一番うまいと思う。
「五枚かー、早く終わらせて僕と遊んでよねー」
「わかってる」
嫌そうな顔もしないし、なんだかんだ僕と遊んでくれる姉はきっと僕のことが好きなんだろうなーとかちょっと嬉しくなって、思わず笑みをこぼした。
「……何」
そんな僕をみて姉が不思議そうに首を傾げた。
僕のことをよく見てくれるなあ。本当嬉しいや。
「別に~? それより早く行こ!」
ちょっと恥ずかしくなって、姉の手をとって強引に走っていった。
その間も姉はどこか楽しそうだった。
大音量の音楽が耳を貫く。思わず耳を塞いでしまいそうなほどの音。そして眩しいほどの色とりどりな光。様々な景品が入れられた大型の箱。ゲーセンってこんなに騒がしかったっけ?
最後の書類に書かれた場所は、この賑やかなゲーセン。たくさんすれ違う人たちが皆、なぜか自分たちを見ているような気もした。
「姉、書類の人ってどこにいるんだっけ? ……姉?」
後ろにいるはずの姉から返事がなく、振り返った。すると姉は何かをじっと見つめていた。
「……あれ、メーナじゃない?」
指をさす方向を見ると、見たことのある青い髪と水色のワンピースが視界に入る。あ、メーナだ。
駆け足で青い髪の子のもとへ走ると、僕たちに気づいたようで手を振ってくれた。
「恋愛双子ちゃんじゃん、どうしたの?」
青い髪に赤い目。どこか父さんの面影があるこの子はメーナ。母さんが作った人工人物だとか。
僕たちが生まれる前に作られたようで、幼い頃からの記憶にもちゃんといる。よく一緒に遊んでいたな。
「恋愛双子様はお仕事中なのですよ。ここで最後なの」
「へえ、誰が対象か知らないけど頑張って」
「丁度隣だよ」
「あらま」
書類に書かれていた人が丁度、メーナの隣にいたので笑ってしまった。
「じゃあ邪魔しないようにあっちのほうで遊んでるわ、ばいばい」
「ありがとー」
「お姉ちゃんもばいばい」
「……ん」
姉はいつも通りに冷たい反応を返す。でもちゃんと相手の顔は見ているし無視はしてない。
メーナが離れたあと、隣にいた人の後ろを通り過ぎるフリをして、ポケットからハンカチを取った。別にスリがしたいんじゃないよ? ハンカチが使いやすかっただけ。
取ったハンカチを後ろの人の足元に落として、わざと聞こえるように声を出す。
「すいません、足元のハンカチ……」
その人は関係ないけれど、近くにいたので利用してしまおうと思った。軽く会釈をして足をどけてくれた人に会釈を返してハンカチを拾う。
聞こえるようにして、わざと書類の人を振り返らせていたので、きっと自分のハンカチだと気づくだろう。
「誰のかな、落とし物センターってどこ?」
「さあ」
「あの! すいません、それ私のハンカチです……」
ハンカチの柄をよく見えるように持っていたおかげか、しっかり伝わったようだ。自分のポケットを確認してからその人は申し訳なさそうに声をかけてきた。
「あ、どうぞ!」
ハンカチを返した途端、さっきまでこの人がいた場所で、小さな子供が転んで飲み物をこぼした。あのままあの場所にいたらこの人にかかっていて、この人は家に急いで帰るんだけど、その途中で事故に遭って右手を負傷してしまうんだよね。
だから僕と姉でそれを阻止するの。ジュースがかからなければこの人は家に帰らないでもうしばらくここにいるだろうしね。
ハンカチを受け取った人は感謝を述べて店の奥のゲーム台へと向かっていった。
「……よし、これで終わりかな。帰ろっか姉」
「ん」
書類を綺麗に二つ折りにして、終わった書類と重ねた姉は、店の出口とは正反対の方向へと向かった。
「え、ちょっとどこ行くの?」
急いで姉を追いかけると、姉はメーナと話しをしていた。どうやらメーナも今帰るところだったようだ。
「妹ちゃん、お疲れ。もう帰るんでしょ? 私も一緒に行くよ」
「おー。了解。一緒に行こっか」
出口付近にいた僕たちだから、こっちに向かってくるメーナに気づいていたのかな。姉は優しいなあ。
よく誤解される姉だけど、僕はちゃんとわかってるからね。姉が優しい良い子だって。
「近くに狭い道あったっけ?」
「大きい花屋の看板の下にあったよ」
「じゃあそこ行くか」
僕たちもそうだけど、メーナも神様の力は使えない。
天界から地上に来るのは、ゲートと呼ばれる門を使えば来れるんだけど、帰りは母さんたちの誰かに頼まないと帰れない。だから路地裏とか人目のつかない場所に行って、頭の中で帰りたいから移動させてと念じれば、天界にいる誰かが瞬間移動させてくれる。
母さんだったり父さんだったりするけど、大体移動するときの雰囲気で誰かわかる。
今日も路地裏から帰るときは、火のような温かさを感じた瞬間移動だったから、きっと母さんが移動させてくれたんだろうなあって思った。
冷たい水の感覚があるときは父さんだ。それ以外も大体わかる。
仕事を終えて、メーナと一緒に帰ったけれど、仕事終わりに姉と遊ぶ約束をすっかり忘れて、姉に言われるまで部屋で本読んじゃってたのは内緒の話。