第百四十七話 失ったものと失った設定
「主を包んでいた黒色は、神が死ぬ時の予兆の証。神は死ぬ時、体を白か黒に染めるの。どちらか必ず一色。それで逝き先が決まるの」
灰になろうがなんだろうが、俺たちは主を諦めなかった。
方法なんてわからないけど、何もできないと諦めるほど俺たちは素直じゃない。
「逝き先……? 冥王、茜が決めるんじゃないのか?」
神力を使うたびに浸食していた黒色は、死の宣告。全身が包まれたら死ぬものだったらしい。
白色で包まれることもあるのか……。俺は神の死体を見たことはなかったから知らなかった。そんな話も聞いたことがなかった。
「ええ、もちろん地獄行きか天国行きかは茜ちゃんが決めるわ。でも生前の行いは死ぬ前から分かってるものよ。予想くらいできるものでしょう? 白色で包まれれば天国へ逝く可能性が高い。そして、……黒色は地獄よ」
「地獄……? じゃあ、主は地獄に行くのか……?」
「……いいえ。きっと主は今、冥界にいないし、地獄に行くこともないわ」
「な、何で?」
「主はしっかり者よ? 茜ちゃんの契約でも生き返らせないように準備してたんでしょう? その主が、冥界で列に大人しく並ぶとは思わないわ」
……確かにそうだ。
茜の契約は「死んだ肉体を生き返らせる」もの。そして「百年以内の死体」に限る。
死んだ肉体というのは、出血多量や心肺停止などの死因。つまり人為的や事故的なものだ。自然死などは含まれない。
だから龍兎が言っていた可能性、寿命というのは含まれない。黒い爪はその可能性を確定させたにすぎない。元より龍兎はその可能性を疑っていたらしいしな。
病気にかかることはないが、仮にかかったとしても手術で治せるものなら茜が治すだろう。恨みを買って人間に殺されたとしても、人為的なものだ。すぐに生き返る。だから茜は訓練で俺たちを殺しても大丈夫だと理解していたんだ。
主はママを寿命で生き返らせた。死体は灰になって消えたし、魂もどこにあるか分からない。ママの寿命や俺の寿命を半分ずつ使うこともできない。
……そういえば、茜と龍兎は今何してるんだ? 主、家族一人が死ぬことは茜が一番恐れていたことだろう? 茜は隠さずに言っていた。「家族は誰一人欠けちゃいけない」と。
なぜ何も言ってこないんだ? 止める方法がなかったとしても、生き返らす方法を探していると報告くらいしてくると思ったんだが……。
「魂だけでも見つけられればまだ間に合うんじゃないか? 茜に……の魂を探して――?」
ママに提案をしようと口を開いて違和感に襲われる。
俺は、なんて言おうとした……?
「どうしたの?」
「い、いや、だから……の魂を……あれ……?」
魂を探してもらって、もらって……? どうするんだ?
何の魂を探す……?
なぜ魂を……?
俺は、なぜ……。
どうして……?
「……どうして、俺、泣いてたんだっけ……?」
私は二人を呼び出した。一番大好きな赤色とそのパートナーの青色を。
苺ちゃんとの会話を途中で私は抜けた。メーナちゃんに拘束された時、私は諦めてあの力を使って茜ちゃんに連絡した。
苺ちゃんの目の前で力を使って、それを二人に見てもらってから私は分身と入れ替わった。あまり力は使いたくなかったけど、悟られずに入れ替わるのも簡単じゃない。
具現化でも神力でもない力で呼び出されれば、さすがにあの二人も聞いてくれるだろうと、私を見てとだけ伝えた。地面の色を変えてすぐに待ち合わせ場所に移動した。
私が住み慣れた天界。好きなものでできた私だけの部屋。
「最初に私のことを伝えるね。二人はさっきの力を見たでしょ? あれが一番分かりやすいと思ったから使ったんだけど、意味が分かるかな。あれが私がこの世界の作者である証。私がみんなを不幸にする証」
二人は黙って私の話を聞いている。でも龍兎君は私を見てないな。そっぽ向いてみんなの状況を確認してるんだろうか。
「私がこの世界を創ったってことはわかるよね。茜ちゃんの名前だって過去だって私が創った。でもそれは一部分にしかすぎないの。私は茜ちゃんが毎日何を食べていたかなんて設定してない。なのに茜ちゃんは毎日ご飯食べてたよね? 私が設定してないご飯を、勝手に」
私は茜ちゃんが大好きだよ。細かい設定を考え出して初めて一人のキャラクターを創った。それは茜ちゃん、君だった。最初は名前もないし髪色も違った君だけど、小説を書いてから君は私の一番になった。
だから茜ちゃんにだけは教えてあげる。私が君にしたこと、私が君を不幸にすること、私が君の家族になれない理由を。
「主の過去は私が設定したものじゃなかった。この世界は私のした設定の隙間を勝手に補う。主の過去は勝手に補われた。悲しい形でね」
私は二人に主の過去を全て話した。本当は私ごときが伝えていいことじゃないけど、主が死んだあとに私から話すことはできないから。
主は神の中でも優秀で頭も良かった。はてなさんが神王だった頃は目立たないように生きていた賢い子。はてなさんが神王を継承してからは大魔王としても優秀だった。神王としても大魔王としても仕事を完璧に熟すし、妻や娘たちにも優しい立派な父親。茜ちゃんや龍兎君と喧嘩こそすれど互角に戦える良い上司なんじゃないかな。
……っていうのが、私がしてた隙間の空いた設定……。




