第十三話 その名は主。
「返事が遅れましたー。いますよー」
入ってきた男性を見る事もなく、遅れた返事を返す。
「あ、うん。ごめんね今いいかな」
「はーい」
まあ、ノックしたあとに数秒間があったから少しは許してやろう。一秒も経たないうちに……つかノックもせずに来るやつとかいるからな。
歩いてくる男性に何の用? と振り返る。銀と白の混ざった色の髪は少し歳を感じさせ、覆い隠すような前髪から少し見える両目は桃色、しかし色が見える程度でしっかりと見る事は出来なかった。
「仕事を少し頼んでも良いかな、弦月ちゃん」
私の名前を申し訳なさそうに言う、少し猫背気味の彼は、名前を主。それだけ。『しゅ』ではなく『あるじ』。別に本名ではないらしい。ただ名前もないし呼ぶ時に困るだろうから、自分でつけた名前だよと言っていた。
「え、今日は一つじゃないの?」
昨日言われたのは、今日と明日で一つずつの仕事だったので、その疑問を素直にぶつける。
「そうなんだけど……。ほら、茜ちゃんと龍兎君がさ」
「理解したわ。んまあいいよ、暇だし」
私が理解したというのは、茜ちゃんと龍兎君の仕事達成率のことだ。あの二人は仕事を中途半端にするか絶対にしないかの二択なのだ。今日の仕事もほぼ私に丸投げであったように、二人は仕事を嫌う。というかやらない。
そしてそのサボった仕事が、二人の上司である主にいくわけだ。さすがに主も抱えきれない量の仕事はできない、とたまに私達に頼みに来るのだ。
本当、いつもお疲れ様です。と声をかけたいが、それより仕事を手伝った方が良さそうなので、暇な今日に限り、手伝ってやろうじゃないか。
「ありがとう、助かるよ。じゃあこれお願いね」
テーブルに音を立てて置かれる書類の量。しまった、気付くべきだった。主が持ってきた書類がまさか全て任されるとは……。その中から選ぶものだとてっきり……。
「ちょ、これ全部……」
「頼んだよ!!」
「あの」
文句を言う前に走って出て行ってしまった。よっぽど限界だったのだろう……。
「お疲れ様です……」
つい口に出して、ため息をつきながらテーブルに置かれた書類の山を見る。開いたノートパソコンより背は上。これは主の抱えていた仕事の半分にもならないのだろう。そう思うと少しは手伝わないと可哀想だ……。
「でも……」
考える仕草を終えたあと、閃いてその場から立ち去った。
「私が手伝うのは“少しだけ”だ!!」
他はみんなに頼みに行こうと思った。この量を一人でやりたくない。