第百二十八話 家族が好きな者の意地
妹は大丈夫かしら。あの子のことだから、ガーナにちょっかいでも出してそうだけれど。
私? 全然平気よ。陽福は攻撃してこないの。ええ、攻撃じゃなくてこれは勧誘かしら?
「妹さんいらっしゃいますよね。双子でお揃いコーデなんていかがでしょうか? やはり髪色に合わせましょうか? スカートはロングの方がよろしいでしょうか? 妹さんは短い方が似合いそうですね。それとも双子お揃いではなく別々にいたしましょうか?」
私の攻撃手段は糸切狭よ。ただ赤い糸を切ることもできるけど、私は鋏を閉じる衝撃波を操れるの。一直線にしかいかないから使い勝手は悪いのだけど、その代わり威力はあるわ。
さっきから何度も衝撃波を向かわせてるのだけど、陽福は避けてるわ。体柔らかいのね。母さんみたい。弦月も柔らかったかしら。
「恋不さんはどのような服がお好みでしょうか?」
鋏を持つ手を弾かれて、その隙に鼻と鼻がくっついてしまいそうなくらい近づかれたわ。まあすぐ離れたのだけど、鋏を奪われなくて良かったわ。
「……今は服屋に行く気分じゃないわ。悪いけどそこをどいて頂戴」
「ここでお洋服をお作りすることもできますが?」
「そういう問題じゃないわ」
攻撃してこないのは不気味なのよね。武器らしいものも見えないわ。でも服の中に何か隠してるわね。それが武器?
……弦月も主も大丈夫なのかしら。
主が死ぬのでしょう? 主は私の家族だわ。人間の両親と違ってあの人はちゃんと私を正しく導いてくれるもの。正しく優しい主を、私は絶対に死なせないわ。
血の繋がった母さんや父さん、妹が死ぬのなら私が必ず助けてあげる。血の繋がらない主も家族よ。必ず助けてあげる。
だから陽福、そこを退いて頂戴。私は嘘をついた弦月をひっぱたかないといけないの。
「命令と言ったかしら。誰に命令されたの?」
「お洋服を着替えてくれるのであればお答えしますよ」
「あとでいくらでも着てあげるわ。教えて頂戴」
「それが嘘でないとあなたを信頼しましょう」
私の向ける鋏の前に立たないように、陽福は私の手をとって目と鼻の先まで来たわ。
もう、普通に強いじゃない。というか私より可愛らしい顔してるわよね。羨ましいわ。
「……私たちを作った方、ゼウス様ですよ」
聞いたことのある名前だったわ。私はあまり他の神に詳しくないのだけど、有名な神は知ってるわ。
ゼウス。天界に住む神たちのまとめ役であり、神王より上の存在だったかしら。
言わば神王は天界という場所を管理する存在であり、ゼウスは天界の神を管理している感じよ。
……そんな神の最高位の方が、なぜ私たちを狙うのかしら。
「そんな偉い方が、私たちに攻撃させる理由は知っているの?」
「理由、ですか。……詳しいことは知らないのですが、今恋不さんたちは弦月さんたちを追っているのでしょう?」
陽福の話を大人しく聞きたいのだけど、掴まれた腕と腰が全く動かないわ。本当に話終わったら服屋に連れて行く気なのかしら……。
「知っていたのね。確かに今すぐに追いたいのだけど、それを邪魔するため? 何のために?」
そういうと陽福は首を傾げてしばらく考えこんだわ。そして疑うような素振りで言ったの。
「……追っているのは弦月さんだけではないですよね? あなたたちは主さんも追っている。弦月さんと主さんは追われたくない理由があると思っていたのですが……。もしかして知らなかったのですか?」
「何が」
「……ゼウス様は主さんですよ?」
「は?」
つい素で口に出しちゃったわ。
ゼウス? 主が?
ゼウスは神々の最高位でしょう? 主に務まるとは思わないのだけど?
いえ、確かに仕事を確実に熟す姿勢と、隠していたみたいだった神力の強さから考えれば当然かもしれないわ。
でも、でもよ? 主は今までそれを隠していたみたいじゃない。なぜ隠していたの? ゼウスであったのなら誇れることじゃない。
「し、知らなかったのですか? ……ああ、そういえば弦月さんもゼウス様を知りませんでしたね……。ご家族さん、誰一人もご存じなかったのですか?」
「ええ……。知らなかったわ。……余計に事情が変わったわ。主にきちんと説明してもらわなくちゃ。退いて」
「あらあら、またそこに戻りますか」
私の鋏の衝撃波は、一直線にしか行かないけれど、私も関節は柔らかいのよ。バレエが好きでよく母さんに教えてもらったの。
手首を反対に曲げて鋏の向く方向を変えて、陽福の髪目掛けて鋏を閉じる。
ごめんなさいね、あとで直してあげるから。
「……私、あまり自分の身だしなみには興味がないのですが、乙女として髪を雑に切られると少々むっとしてしまいます」
「妹の髪を梳かすのが好きなの。陽福もあとで丁寧に整えてあげるわ」
「年下さんにお世話される趣味はありませんのでご遠慮いたします」
恥ずかしがらなくていいのに。妹は髪を梳かされてる時、とっても嬉しそうよ?
私はあの子のお姉ちゃんなの。いっぱい甘やかしてあげるんだから。
陽福も甘えたい時は甘えていいのよ? 私とっても甘やかすの上手なんだから。




