第百十三話 決闘ごっこ
「……龍兎君、そろそろいいかな……私もう限界なんだけど……」
「えーだめ~」
息を切らしながら地面へと座り込み、垂れ続ける汗を拭う。
弦月ちゃんに頼んだんだけどなあ。何も言ってくれなかったのか、言っても聞いてくれなかったのか。
神力の訓練なんて私には必要ない。どうせ結果は目に見えてるんだから。
「ねえ、龍兎君ならわかるんじゃないの?」
瓦礫をまるでお手玉のように投げて遊び、私を見もしない龍兎君は、お気楽そうな声を出す。
「何が~?」
「……私に訓練なんて必要ないってこと。相手の強さが分かるのなら、私の神力が弱いのだって知ってるでしょ」
「あのさー」
飽きた、とでも言うように瓦礫を私のすぐ横へと投げつけ、もう一つ横、後ろへと逃げ場をなくすようにした。
正直にすごく怖いのだけど、抵抗も逃げることもできないのは今までの付き合いで分かり切ってる。
だから何もしないでその場に居続ける。
「ずっと前から思ってたんだけど、何で主って嘘つくの?」
「……は?」
私は集中した。ついていた嘘を見破られないように誤魔化すために。
そうだよ、私は嘘を吐き続けてるよ。でもそれは絶対に見破れないんだ。私の嘘を、君たちは絶対に知ることはない。
「嘘。嘘だよ。主が吐き続けてる嘘。俺は別に気にしないけど、茜はすごく気にしてるよ。茜は嘘が嫌いだから。……どんな嘘かは分からない。でも、嘘を吐いてるのは分かってる。そろそろ疲れてきたんじゃない? 神力使ってまで隠してるでしょ、それ」
私は黙り続けた。それしかできなかった。
下手に誤魔化したら心を読まれてしまうかもしれない。
心というのは作り出せるものだ。だって心とは脳なんだから。考える思考を増やせば、龍兎君たちが読む心は増える。空間と同じで鍵をかければ、解除しない限り読めない。
私はいくつもの心を作り出して鍵をかけて、本心をずっと隠してる。
龍兎君たちがどこまで分かってるかは知ってる。鍵を破られた時点で私に知らせが届く。
だからね、その質問も本当は来るってわかってた。
私が神力を使ってまで隠している嘘があるってこと。それを二人は知ってる。
……私は神力が弱くなんてない。むしろ二人とは互角に戦えると宣言しよう。
でも、戦うために使える力はない。全部別のことに使っている。二人と互角に戦えるのは、私がそれから解放されて生まれ変わった時だろう。
「……誰にでも、知られたくないことはあるでしょ。私にだってあるんだよ」
これだけは誰にも知られたくないんだ。私はこの命が尽きるその時まで、この嘘を吐き続ける。まあ、死んだら見破られてもいいかもね。
「……じゃあさ、その嘘を見逃す代わりに俺と戦ってよ」
交換条件というやつだ。私はそれを断ることはできないけれど、でも戦うことはできないんだ。私の力は戦い向けに使えない。
「無理だよ。私は戦えない」
「じゃあ強引に暴くけど」
「……やれば? どうせできないんだから」
そう言うと龍兎君はどこか驚いたように手を止めた。
「へえ……? 随分自信あるじゃん。どうしたの?」
「……無理だからね。私が死んだら暴いていいよ」
「殺そうか?」
「……契約解除してね。私を完全に殺すのなら」
「それはできないなあ……」
知ってる。茜ちゃんの契約で私たちは死んでも生き返るのだから、完全に死ぬことはない。
しかし私が完全に死ぬのなら、その嘘を暴くことを許可しよう。
……それほどに、嘘を暴かれることが怖いから。
「俺にもあるよ、暴かれたくない嘘。だからこそ暴かれた時の悔しさ、怒り、虚しさを知ってる。俺には感情がないけれど、茜に関する嘘にはそういう感情が芽生える。……楽しいものなんだって。嘘を暴くのは。茜がそう言ってた。そしてそれを知らないフリしていつも通り傍に居続ける。騙されたフリをしてあげる。それが優しさと言うんだって」
いつになく口数が増えた龍兎君は、座り込んだままの私を見下ろすように冷たい視線を向けた。
私はそんな龍兎君を見ないで、遠くのビルの陰に隠れている茜ちゃんを見つけていた。その距離でも聞こえているんだろう。私たちの会話は。
そして私が茜ちゃんに気づいていることにも、気づいているんだろう。
「龍兎君は、いつも茜ちゃん茜ちゃんって言うね。……そんなに大事?」
仕事を頼んだ時だって、物を取ってほしいときだって、いつだって龍兎君は必ず茜ちゃんに視線を向ける。まるで逐一許可を求めるように。
「大事だよ。茜がいなかったら俺はあのまま死んでいたんだから。俺を生かしてくれてる茜を俺は大切に思う。だから何でも命令を聞く。恩返しがしたいんだ。こんな形でしか返す方法を知らないから」
「もう十分なんじゃないの? 何年恩を返しているの?」
「出会ってからずっと。何年経っても返せない恩だから」
「疲れない?」
「別に。茜は返さなくていいとか言うけどね。疲れるものでもないし、俺がやりたいから返してるだけ」
恩、か。私にもあるな。返せない恩が。今でもどう返そうか悩んでる恩が。
私は瓦礫に手をつけ、ゆっくりと立ち上がった。
「……いいよ。戦ってあげる」
服についた埃を払いながら、私は諦めたように言った。
「ほんと? やった。何がいい? 素手がいい? 神力だけがいい?」
「なんでもいいよ。ただ刀を貸してくれないかな」
「刀? 主得意なんだ。いいよ、ほら」
龍兎君の両手から作り出された刀が投げられ、私の手へと落ちる。
軽くもないし重くもないし、普通の刀だ。触れただけで手が溶けるようなこともない。
「俺は?」
「なんでも。好きにしていいよ。ただし、私が勝ったらもうこれ以上嘘について詮索しないでね。私も嘘を暴かれると怒りがこみ上げてくる」
「あははっ、主が感情を表に出すのは珍しいかもね。いいよ。じゃあ俺が勝ったらその嘘をもっと吐き続けてね。俺が暴いたかもわからないまま、俺が騙されたフリをしているかもわからないまま。ただずっと嘘を吐き続けてね」
「……いいよ。吐き続けるよ。例え私が勝ってもね」
「よし、俺は蹴りでいいや。主が得意分野で戦うなら俺だってそうするよ」
「……じゃあ、始めるよ」




