第九十九話 子を失った母熊
「タイムさん、これじゃない?」
「ああ、そうですね! ありがとうございます!」
現在はタイムさんと二人で買い物に来ている。まあ特に変わったところはない普通の地上。
強いて言うならみんな髪が長いことが変わっていることだろうか? 性別問わず皆髪が長い。
ちらほら髪が短い人がいるけど、旅行客だろうなあ。服装が違うし。
買い物リストと書かれた紙を持って街中を歩く私たちは、私の具現化力で存在感を薄くしてる。
「あとはリュリラスラ……なんですかねこれ?」
「花っぽい名前だね……これは分からないな」
買い物リストにはたまに知らない名前が書かれていて、二人して首を傾げている。これは主からもらったリストなんだけど、忙しかったのか詳細を書き忘れたみたいだ。いつもは分かりやすく写真とかもつけてくれるんだよね。
「リュリラ……あ、あの看板!」
お店が並ぶ道を歩いていたらふと大きな看板を見つけた。そこにはリュリ&ラスレという文字。似てるしあれじゃね?
あの件以降、タイムさんを男性に近づけないようになるべく周りに気を配るようにした。いつでも遠ざけられるように、手を引けるようにしている。年齢的にも見た目的にもそれほど離れてないし、違和感はないだろう。
その店に入ると、会員証の提示を求められた。厳格そうな女の人だ。あまり誤魔化さない方が良さそうだ。
今出しますとポケットに手を突っ込んで具現化させる。使い勝手は悪いけど、あって損はしない力だな。
二人分の会員証をあっという間に作り出せば、ポケットから取り出すフリで乗り切った。
お店にいるのはみんな女の人。よかった、ここではタイムさんが自由行動できそうだ。
手を離すとタイムさんはほっとしたように息をついた。やはり男の人は苦手みたいだなあ。
お店の椅子を借りて休憩するように言って、私は店員さんにリュリラスラの場所を聞いた。
「……ご案内します」
おや? 高価なものなのかな?
店の奥へと進んでいく店員さんの後を追っていくと、そこには南京錠のかけられた扉があった。
鍵を開けてくれた店員さんは、私に手のひらを差し出した。
あ、やばい。これ何かルールがあるやつだ。しまったなあ……知らないよお。
これは、何かを差し出さないといけないやつだな? 目線がそれを訴えてる。
またポケットに手を突っ込むフリをして、今度は目を瞑る。ポケットの中に移動させた『情報詮索』という紙。念じればそれは淡い灰色の光を発し、私の手のひらから体内へ入り、そして脳へと移動する。……よし、分かったぞ。
ここで言われるリュリラスラ、それは臓器のことだ。それも性別が女性のものだけ。男性から取れた臓器はリュリレスレというらしい。
このお店に来ている人たちは皆、自分の体の古くなった臓器と新しい臓器を取り換え、いつまでも美しくいようとしているらしい。中には髪の毛や肌を入れ替える人もいるらしい。
やべえな。私これ臓器買いに来た人なのか。
なんで主がこれ欲しがってるんだ? いや、欲しがってるのは違う子か? 主が臓器を欲しがる理由がないしな。
……どういう入手方法なのかも知ってしまった。これは放っておくべきか? あまり地上の常識に口は出したくないけど……。ただ今はタイムさんと一緒なんだよな。
これはタイムさんに伝えるべきか? ……どうしよう。
と、とりあえずお金を先に支払うみたいだな。この国のお金は持ってる。えっと、この金額だったよな。
欲しい臓器はないのかな? どの臓器でもいいんだろうか。リストに書いてないしなんでもいいのかな?
「あ、弦月さーん」
「んー?」
振り返るとタイムさんが紙を持っていた。どうやら主から新しく追加されたらしい。
「リュリラスラですが、右腕らしいですよ」
耳打ちでタイムさんが教えてくれた。下の階で集まっていた人たちは皆、臓器をリュリラスラやリュリレスレと言い、それぞれの部位をそれぞれにつけられた名称で呼ぶらしい。右腕ならばラーミスらしい。
「わかった、ありがとう」
「私が買いましょうか?」
「いや、大丈夫。それよりさ……」
私はさっきの力で知ったことをタイムさんに伝えた。
このリュリラスラ……臓器たちは皆、幼い子供から取っているのだ。成人していない方が臓器は新しく美しいとされ、そして新鮮なまま取るために生きた状態で取り出すのだとか。
この扉の奥には手術室がある。私が出したお金は腕の値段だけ。店員さんは値段を覚えているらしく、私の出したお金だけでどの部位がほしいのか分かったらしい。
案内された場所をタイムさんに見せるべきか悩んだけれど、私の独断で動くわけにもいかないし、タイムさんが止めたいのなら止めよう。この地上は自由にしていい地上だ。
「……弦月さん、お店を閉じてくれますか?」
「……分かった」
私は取り換えは他のところでやるからと言い、タイムさんに臓器を渡すように伝えると、階段を下りて店の外に出た。
人の目がこちらに向いていないことを確認し、店の扉のopenの看板をひっくり返した。
そして扉に『結界』と書かれた紙を貼り、タイムさんに連絡を入れた。
「もしもし? 音も外には聞こえないようにしたよ」
お礼の言葉が聞こえ、通話が切れると二階の窓に赤い液体が飛び散った。幸い誰も上を見上げてはおらず、気づかれてはいない。
……あれ以降、タイムさんは子供を守ろうとする気持ちが増したらしい。リンゴちゃんから「かほごっていうんでしょ~?」って話を聞いた。
……娘さんは死んでいたのだとか。……私のせい、だよね。私が娘さんが助かるという設定をしていなかったから。想像力がその方向に行かなかったから。
もし私の想像力があの世界に影響していたのなら、私が「タイムさんの娘は助かり、のちに再会する」という想像をしていたらよかったのだ。
なのに私はそうしなかった。タイムさんの娘さんが今どうなっているのか、想像しなかったのだ。そのせいで補われた設定は死亡。
娘さんは私が殺したといってもいい。……本当なら私はタイムさんと一緒にいるべきじゃないんだろうけど、私は家族の元を離れられない。
茜ちゃんの家族になった以上、誰一人として欠けてはならないのだ。そういう約束なのだ。
怒られたくない。私は必要以上にタイムさんと関わらないことを選んだ。
あとでちゃんと謝ろうとするたび、怒られるのが怖くて未だに謝れていない。早く、早く謝らないと。
「お待たせしました」
考え事をしていた脳は現実へと戻った。スカートの端を赤く染めたタイムさんが出てきた。
「お疲れ様。追加の物買って帰ろうか」
目を合わせるのが怖くて、私はまたタイムさんと向き合えなかった。
「弦月さん、よかったらお聞きしますよ?」
「え?」
追加の物も買い終え、いざ帰ろうと路地裏を探していたらタイムさんが声をかけてきた。
「弦月さん、何か悩んでいることがあるのでしょう? ずっと顔が俯いていましたよ」
バレてたのか……。
でも、この悩みはタイムさんに打ち明けられない……。
……いや、ダメだ。ちゃんと言おう。謝るの、頑張ろう。
「……あのね、タイムさん。ごめんね?」
「ん? 何がですか?」
私は怒られるのも拒絶されるのも覚悟して、タイムさんと向き合った。
「……タイムさんの娘さん……。私がちゃんと設定してればよかったよね……助かるって、再会できるって設定してれば……」
細かいところを設定できてなかった私のせいだ……。
タイムさんには謝っても許されない。だって実の子供を殺したんだから。
「……えっと、それは弦月さんのすることじゃないですよ?」
「え?」
思わず顔をあげた私に微笑み、タイムさんは空を見上げて言った。
「……助けるのは私の役目です。それができなかったのは私の責任です。……母親ですから。親が子を守れなかったというだけです。弦月さんは何も悪くありませんよ」
震える手で私の頭を撫でるタイムさんに、私は何も言い返せなかった。
そんなわけない! タイムさんがそうできなかったのも、娘さんが死んだのも、全部私のせいなのに!
でも、なんて言い返したらいいか分からなくて、首を振るしかできなかった。
「母親が子供を守れなかった。それだけです。……弦月さん、自分を責めなくていいんですよ。今日はそのことで悩んでいたんですか? ならもう心配いりませんよ。ほら、顔をあげて? お茶でもしに行きましょう?」
タイムさんは、決して私を責めなかった。いや、それどころか全部自分のせいだと断言した。
違う。その母親を作ったのは私だ。その娘を助けなかったのは私だ。
どうして私を責めないのだろう。いっそのこと突き飛ばして怒鳴りつけてほしかった。
「弦月さん、ほら泣かないで」
泣きじゃくる私を優しく抱きしめて、まるで愛おしい娘を慰めるように頭を撫でてくれた。私にそんなことをする必要はないというのに、タイムさんは何度手を払いのけても止めなかった。
私は、私はどうするのが正解だったんだろうか。誰か私に教えてほしい。
……過去に戻れるのならば、私はみんなの過去を変えるべきなのだろう。