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何で今まで……

 姉が出ていくのを見送った後、部屋を仕切るカーテンを開ける。

母は、大好きな「戦慄!心霊写真特集」のビデオをつけたまま、リクライニングソファで眠っていた。漆塗りの、黒いおぼんには、ホッピーの瓶が2本並んでいる。明滅する光のもと、眉毛の無い丸い顔を見ながら私は、思った。


「長生きしてよ」と。


 朝7時。母の姿は無かった。病院の清掃は、早朝から始まる。何となく胸騒ぎがして、私は久々に、職場の母を訪ねる事にした。寝起きでぼんやりした頭を覚ますために、コンビニに寄る。

 化粧もせずに出てきたことを悔やむ。病院の救急の入り口近くの、警備員室の前のATMで、清掃員の制服を着た、母と同じような年代の男性を見つけた。


「すいません、大島夏美……母を探しているのですが。今、どの辺にいますかね」


 私を見る男性の顔が、強張った。


「はあ? 夏美さん? あんた、娘さんか。ええ? 夏美さんなあ、待機所にいるで」

「休憩中なんですか? だって今……忙しい時間帯だと思うんですけど」


 コーヒーが入った、小さなレジ袋を持つ手に力が入った。


「……。待機所に行ってみなはれ。うらは、もう行くさけ」

「はい……ありがとうございました」


 病院内にある、清掃会社の待機所を訪ねた私は、そこで、母を見た。白いタオルを畳んでいる母。どう見ても、仕事をしているようには見えなかった。


「おかん、何してるの?」

「ああ? 絵美か。どうした、何かあったんか」

「おかんこそ……コーヒー飲む?」

「あら、ありがとう。いただくわ。ほら、早瀬さんも」


 煙草を吸っている女性、早瀬さんは、コーヒを母から受け取ると


「大島さんな、クビになったのに、毎日来るんやで。娘さん、知らんかったんか」


 と言いながら、コーヒーを私に寄こした。


「すいません……。お母さん、一緒に帰るで」


 私は、喉が詰まったようになって、それだけ言うのがやっとだった。


「ええー、お母さん仕事中やで」

「大島さん、今日は、もうおしまいだから、大丈夫よ」

「そう? じゃあ、若いもんに任せようかな。もう、クタクタやでな、わて。七十二にもなると」

「お疲れ様ですー」


 早瀬さんが、私にだけ聞こえるように


「大島さん、物忘れ外来、行ってみた方がいいよ」


 そう耳打ちすると


「あー、忙しい! 人が足らんのに、会社は新しい人入れんのや。こっちかってあっちこっちガタガタやわ!」


 清掃用具のワゴンを押しながら、去っていった。 

 私は、早瀬さんにかける言葉も無くただ居心地が悪くて、俯いた。

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