第49話 ロドリック、フリースラントに説得される
「たぶん、その時以来、俺たち以外でこの洞窟へ足を踏み入れた者はいないだろう」
「ロドリック、こんなに大勢いたということは……今もどこかにアネンサードは生きてるんじゃ……?」
「それはないだろう。教会はアネンサードを絶滅させるべく、全力を尽くしている。今でも、何かあれば報告が上がると思う」
「じゃあ、どうして、教会はロドリックを殺そうとしなかったのですか?」
ロドリックは驚いた。
「なに言ってるんだ、フリースラント。殺すわけがないじゃないか。俺たちは純血のアネンサードじゃない」
そうだろうか。彼らには、アネンサードの特長がとても強い。これほど執拗にアネンサードを追い回した教会が、警戒心を緩めるとは思えない。
だとしたら、純血のアネンサードが持っている、人間にとって何らかの脅威となる資質を、彼ら二人はもう失っているのだろう。
総主教様には、フリースラントも実際に会ったことがある。にこやかで温厚そうに見えた。だが、総主教ともあろう人が間抜けやお人よしで務まるはずがない。ましてやピオス六世と言えば、高徳の僧として有名だったが、平民の出身だ。貴族層の出ではない。誰も彼の優秀さを取り立てて口にする者はいなかったが、異例の若さで総主教になったはずだ。
骸骨の山は、奇妙で恐ろしく、焼け焦げた衣服の残骸は、恐怖を抱かせたが、フリースラントはその場に長く居るうちにだんだん見慣れてきた。
これは過去の歴史に過ぎない。
フリースラントは、今、やりたいことがあるのだ。教会はとにかく、骸骨に用事はない。
フリースラントは、ロドリックに聞いた。
「それで、本当に、アネンサードの研究だけに没頭していたわけですか?」
突然、雰囲気がパリンと割れて、ロドリックは一瞬フリースラントを睨んだが、次の瞬間、薄ら笑いを口元に浮かべて聞いた。
「なんだと?」
「金山の研究は、全くしていなかったんですか?」
二人はにらみ合った。
「そんなに金持ちになりたいのか」
「金が要る。金が必要なんだ」
「なぜだ?」
「自由になる。したいことをする。ルシアと母を取り戻す」
フリースラントは言った。
「あの王太子だ王太子妃だのと言った連中は、とにかく、ダメなんだ。へろへろしている。自分のやりたいことが決まってるわけじゃないのに、反対されると反対するやつだ。カチッとしたとこがない。信用できない」
ロドリックには、何がどうダメなのかわからなかったが、フリースラントは直接彼らを知っている。
きっと、人に秀でている部分とか、尊敬される要素がないんだろう。
「王様は金持ちだから、値打ちが出るんだ。金だよ、金。金山はどこにあるんだ」
フリースラントは目を輝かせて、ロドリックの方へ一歩踏み出した。
何やら鬼気迫るフリースラントを見ていると、ロドリックは、自分には、もうなくなってしまった生きる力を見ているような気がした。
ロドリックは、フリースラントに向かって言った。
「あの階段の天井近くの岩を見てごらん」
フリースラントは、ロドリックと同じ方向に顔をあげた。
「あれが金鉱石の筋だ」
「金があるんですね!」
フリースラントは大声を出した。ロドリックはため息をついた。
「まだ土……いや岩の塊だ。これを砕いて精製すると、金ができる」
「すぐ、掘りましょう!」
フリースラントは目を輝かせたが、ロドリックは頭を振った。
「精製の設備と技術がない」
「なあに、大丈夫ですよ。トマシンがいます。僕の元の雑用。トマシンの父上は、金炭鉱で精錬をしていた。息子の彼も精錬の実際を知っているし、錬金術を研究していた」
ロドリックも、うすぼんやりと、そんな化学系の科目があることは知っていた。
なにせ、王立修道院付属学校は、最高学府であり、表向きは貴族の坊ちゃま向けに学校を経営していたが、そのほかにあらゆる学問を密かにやっていた。中でも、錬金術はなかなか人気があった。
「ロドリック、ベルブルグの教会を経由して、トマシンを呼んでほしい。僕は今、名前を出さない方がいいから、ロドリックの名前で、研究科所属の学生を、学校が休暇中のアルバイトに雇いたいと言えばいい。錬金術に長け、実際の金山にかかわったことのある人物の紹介をお願いすれば、該当者は彼しかいないから、必ずトマシンがここにきてくれる」
「そっちは解決したということか」
だが、フリースラントは今度は心配そうに、洞窟の天井近くの白っぽく見える岩の筋を見ながら、ロドリックに尋ねた。
「はしごをかけて掘ったんだろうか?」
「ここは掘ったあとじゃない。金鉱石は、レイビックの誰もが知っているように、あのVの字に切り取られた山の奥で掘られていた」
誰もが、一度は一攫千金を夢見る。そこに金山があると知れば。
しかし、ここ百年、レイビックの町が、全く静かで、何の争い事も起きない平和な町だったのには、ちゃんとした理由があって、つまり、何人もの人々が金の夢にチャレンジしたが、一粒の金も取れず、全くの無駄だったからだった。
金が出ていれば、宿の親父が嘆くような、沈滞した町ではなかったろう。
「それって、結局、金は出ないってことなんじゃ……掘りだせないなら、結局一緒じゃないですか?」
「昔の坑道は、土や岩で埋もれているからね」
「土砂を取り除けるのに、ものすごい労力がかかると聞きました」
ロドリックはうなずいた。
「土や石をどかすの、大変だけど。三日くらいかかるかな?」
「は? 三日?」
「オレとお前なら、三日くらいだと思うよ?」
フリースラントは、びっくりして、ロドリックの顔を見つめた。
「え? なんで? なんで、三日しか、かからないの?」
「だって、みんなして掘って行ったんだもん」
「みんなって誰のことですか?」
「いわゆる山師だよね。掘れば、金の鉱脈にたどり着けるんじゃないかと、この十年余りの間にもかなりの人がやって来た。肝心の鉱脈まで、あと一歩だったのにね。残念ながら、あきらめて帰って行ったんだね」
フリースラントの表情が変わった。
「ということは、あと少し掘れば、金の鉱脈にたどり着けると?」
ロドリックはしぶしぶ頷いた。
フリースラントの顔がパッと明るくなった。
「ロドリック、僕はやります!」
「フリースラント、まずは秘密だ。こんなこと、人に知れたら、大騒ぎになる」
「もちろんです。貝のように黙ってます」
「準備を始めるなら、人に知られないように」
「金が要りそうだから、とりあえず、ユキヒョウを5頭ほど取って換金してきます。当面は猟師として、この辺に居なくてはいけませんし」
「それより、金山を掘る許可を町の代表のドイチェ氏から先に取得しておけ。喜んで許可してくれるはずだ」
「許可? 許可ってあるのですか?」
「採掘権ね。もう、みんな、金なんか採れないと思っているから、冒険チャレンジ料みたいになっているよ。千フローリンほどだ。たいした金額じゃない。後で、金が採れた時、ものをいうだろう」
「金が採れたら、ハブファンに売りつけよう」
ロドリックがこともなげに言った。
「修道院から話を通させて、ハブファンに売ろう。街道沿いの連中もハブファンなら黙るさ」
「その場合、修道院に手数料を払うのですか」
「採掘はできる。みんな誰も本当に取れるなんて考えちゃいないから、ただみたいな値段で採掘権も手に入る。初期費用が相当掛かるのは確かだが、実際に精錬が始まれば、簡単に取り戻せると思う。精錬技術もお前の話だと、専門家がいるそうだ。だが、次は販路が問題になる。修道院を経由するのが、俺とお前の場合最も正解だろう」
「独立って難しいな」
フリースラントは残念そうだった。
「当たり前だ。社会のルールだ。わがままを言うんじゃない。自由には金が要るんだ。稼いでから言え」
「そうか。でも、いつか、誰にも何も言わせないくらい稼いでやる」
フリースラントはそう言い、ロドリックは彼の顔を見つめた。
総主教様はその昔、フリースラントに言った。
「お前は、体の中にドラゴンの卵を持っている」と。
「孵るか孵らないかは、わからないが……」
ロドリックはそんなことは知らなかったが、ドラゴンの卵はフリースラントも知らないうちに孵ってしまったようだった。
父親の死は、彼を御曹司から野心家に変えてしまったのだ。
始末の悪い武器を数多く持つ野心家だった。きっとフリースラントは、いろんなものをかなぐり捨てて、彼の一番欲しいもののところへまっしぐらに突き進むのだろう。
その晩、ロドリックは、フリースラントの監督下で、学校の教務課に手紙を書かされた。
ロドリックはブツブツ文句を言った。
「お前が書けよ」
「だめですよ。僕の筆跡を知ってる者がいるかもしれません。危険は冒せません」
それから、彼は急ににっこりした。
「トマシンにまた会えるかもしれない」




