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ベルナデッタ

 ベルナデッタ・ビクトリアは、ビクトリア侯爵家の一人娘だ。

 早くに両親を亡くし、祖父ファウストからの溺愛を受けて育った、典型的な箱入り娘だった。

 どのぐらいの箱入りかと言うと、まともに話をしたことがある年頃の異性といえば、母方の従兄弟にあたるアウグスト・リタラただ一人、というぐらいには箱入りである。

 それというのも、兄貴風を吹かしたアウグストがベルナデッタに近づく異性をことごとく排除していたからなのだが、それが不味かったのだと思う。

 異性に免疫のなかった当時十五歳のベルナデッタは、アウグストの旅行中に偶然美貌の青年イグナーツと出会い、恋に落ちた。

 

 そこからは、電光石火としか言いようが無い。

 

 従兄弟のアウグストが旅行から帰ってくる前に祖父へと泣きついてイグナーツとの婚約話をまとめ、婚姻。

 翌年には娘のドロテアも生まれ、幸せの絶頂にあったはずなのだが、イグナーツは置手紙一つを残して姿を消した。

 

 その内容は、実に冷淡なものだった。

 

 イグナーツにはベルナデッタと婚約前から愛する恋人がおり、恋人のことが忘れられない。

 娘が生まれ、跡継ぎを儲けるという、婿として最低限の義務は果たしたので、あとは恋人と好きに生きる、と。

 

 ……政略結婚した貴族の夫婦が、跡継ぎだけ夫婦間で作ったあとはお互いに別の恋人を持つことがあった、って話は聞いたことがあるけどね。

 

 地球の中世あたりの話だったと思うが、そのあたりの常識はこちらの世界も似ている。

 ベルナデッタの知識としても、そういう夫婦もいる、という認識をしていた。

 

 ただし、これは双方が納得している、というのが前提条件である。

 ついでにいえば、跡継ぎを産んだあとの話でもあった。

 

 ……ベルナデッタ、盲目すぎだよ。イグナーツって、絶対馬鹿だよ、これ。

 

 恋は盲目とはよく言ったもので、ベルナデッタも目が見えなくなっていたようだ。

 優美の視点から見てみると、イグナーツの行動はこちらの常識で判断したとしてもおかしい。

 この世界の爵位は、基本的に男児が継ぐ。

 例外がまったくないとは言えないが、本当に、基本は男児だ。

 ベルナデッタの場合も、本来爵位を継ぐはずだった父親がすでに他界しているため、祖父の意向で孫娘であるベルナデッタの産む曾孫の男児があとを継ぐことになっていた。

 そして、ベルナデッタが産んだのは娘のドロテアだけである。

 跡継ぎを作ったので婿としての義務を果たした、というのは、まったく果たされていない。

 

 私の感想としては、馬鹿な男に引っ掛かったとしか思えなかったが、ベルナデッタは違った。

 イグナーツの手紙をそのまま受け取り、夫が自分の元から去った原因は『娘が産まれたからだ』と思い込んだ。

 優美の視点からしてみれば、イグナーツが元からの恋人と完全に手を切っていなかったことが原因である。

 娘の誕生は、理由として使われただけだ。

 元からベルナデッタに対し、イグナーツの気持ちはない。

 それが優美としての私からすれば、驚くほど簡単に理解できた。

 

 ……夫の失踪を娘のせいにして罵倒するとか、ないわー。

 

 イグナーツを失ったベルナデッタは、その責を娘のドロテアに向けた。

 出産に向けて乳母を用意してはいたが、それでもベルナデッタは当初ちゃんとドロテアへと母乳を与えていた。

 が、イグナーツの失踪とともにベルナデッタは育児を放棄している。

 ドロテアの世話を乳母と使用人に任せ、自身は視界にドロテアが入った時にきまぐれで娘を罵倒した。

 おまえが生まれたからイグナーツが出て行ってしまったのだ、と。

 

 体罰という名の暴力を振るわなかったのは、ベルナデッタが溺愛だけを与えられて育ったからだ。

 幸いなことに、というのも妙な話だが、体罰として暴力を振るう、という発想がわかなかったのだ。

 

 ……こんな母親で、よくドロテアはベルナデッタを慕っていられたね。

 

 こちらの方に驚いてしまうのだが、これは使用人たちの教育の賜物だろう。

 使用人たちは壊れる前のベルナデッタを知っている。

 我儘ではあったが、愛される無垢な少女時代のベルナデッタを知っていたからこそ、ドロテアへは母を慕うよう教育していたのだ。

 

 ……ロベルトと乳母は年金期待しててねっ! いい仕事してくれたっ!

 

 ベルナデッタに放置されても、ドロテアは素直な少女へと育ってくれた。

 結局、最後には娘を放置したまま服毒自殺を選んだベルナデッタとは大違いだ。

 

 そう、自殺だ。

 

 ベルナデッタは自殺している。

 にも関わらず、ベルナデッタは生きていた。

 それも、認識としては森野もりの優美ゆうみという日本人として。

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