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私の名前は――

 目覚めた私に、ドロテアの涙腺は崩壊した。

 もともと泣きじゃくっていたはずなのだが、まだ泣けるのかという勢いで泣いた。

 泣きじゃくる実子に対してどうかと思うのだが、混乱している頭では娘を慰めることもできない。

 どう言ってやるのが正解なのか、その判断をするための材料が足り無すぎたのだ。

 

 結果として、ドロテアのことは家令に任せた。

 部屋へ連れて行き、落ち着かせるように、と。

 もともと私はドロテアの教育には無関心で、すべてを使用人任せにしていた。

 そのため、家令も『この命令には』疑問をもたなかった。

 娘のドロテアも、自分が私に愛されていないという自覚はあったので、悲しそうな顔をしてはいたが、素直に従う。

 お母さまのお休みを邪魔してはいけません、としゅんとしおれた花のような顔をして。

 

 ……思わずギュッと抱きしめたね、悪いか。

 

 可愛い幼女が、自分も混乱しているだろうに、わたしの都合を優先して我慢をしていたのだ。

 愛しく思って何が悪い。

 むしろ今の私はドロテアの実母だ。

 合法的に美幼女を抱きしめられるのだから、抱きしめないはずがない。

 

 落ち着いたらお話をしましょう、と言って抱きしめたら、ドロテアは固まっていた。

 無理もない。

 今日までの私はまともにドロテアと向き合ってこなかったし、抱きしめたことなどほとんどなかった。

 そんな母親わたしから突然抱きしめられれば、ドロテアでなくとも固まってしまうだろう。

 その証拠に、娘を抱きしめる私を見て家令と侍女は目を白黒とさせていた。

 

 ドロテアの額にキスをして放すと、ドロテアは父親似の美しい顔を歪めて奇妙な顔になる。

 以前の私であれは「愛しい夫似の顔を崩すな」「醜い顔をするな」と叱っていたが、これはあれだ。

 子どもの照れ笑いだ。

 頬が自然に緩みそうになっているのを、無理矢理抑えるから『歪む』のだ。

 『子ども』というものを知っていれば、とてもではないが『醜い』だなんて感想は出てこない。

 

 喜びを無理に抑える必要は無い、とそっとドロテアの両頬を包んで揉み解す。

 再び泣きそうな顔をしたドロテアは、慌てて部屋から飛び出していった。

 

「……わたくし、今まで何を見てきたのかしら? あんなに可愛い娘を、醜いだなんて」


「お嬢様……っ」


「あら、『お嬢様』だなんて歳ではなくてよ、ロベルト。七つになる可愛い娘がいるぐらいだもの」


 貴方にも苦労をかけたわね、と家令のロベルトに向かって微笑む。

 それだけで感極まったのか、ロベルトが息をのむのが判った。

 

「もう少し休みます。私はこれからまた眠るけど……その間に寝室の模様替えをお願い。私の目が覚めるまでに、壁に飾った物をすべて処分しておいて」


「お嬢様……それでは……」


「お願いね、ロベルト」


「はい。確かに承りました」


 それでは良い夢を、と言ってロベルトと侍女が天蓋の幕を引く。

 薄暗くなった周囲にホッと息を吐いて目を閉じると、ロベルトたちが足取り軽く寝室から飛び出していく音が聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 ……ええっと?

 

 目を閉じて、一人になって考える。

 服毒自殺などしたせいで、体調が思わしくない。

 胸にしがみ付いていたドロテアは退いたが、全身が気だるい。

 先ほどは自分が母親である、という矜持と、使用人たちの手前、何事もなく振舞ってはいたが、身体を起こしているのも限界である。

 

 ボフっと柔らかなクッションに身体を沈め、まずは状況を整理してみることにした。

 何もかもが突然のことすぎて、今のままでは頭が上手く働いてくれないのだ。

 

 ……私の名前は――

 

 ベルナデッタ。

 

 ……違う。私の名前は森野もりの優美ゆうみ

 

 なんの変哲も無い、極普通のOLだ。

 OLだったはずなのだが――

 

 ――わたくしの名は、ベルナデッタ。

 

 そう、自覚している自分もいた。

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