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プロローグ

 ――愛しいあなた。

 愛しいあなた、どちらにいますの?

 わたくしはここにおります。

 あなたのお帰りをお待ちして、今もここにおります。

 美味しいお食事をご用意しました。

 広くて温かいお部屋も、あなたのために整えました。

 夫婦のベッドも、いつでも使えるよう毎日白い清潔なシーツと取り替えております。

 わたくしたちの間には娘がおりますが、やはり娘一人だけではなく、兄弟もほしいと思うのです。

 愛しいあなたがいつお帰りになられても良いように――

 

 

 

 

 

 

 ……重っ!

 

 夢の余韻とでもいうのか、頭と気分が重い。

 とにかく重い。

 まるで深淵へと引きずり込まれていくようで、無理矢理にでも意識を引きとめなければ戻ってこれなくなりそうだ。

 

 ……愛しいあなたって、誰だっけ?

 

 夢に見るほど恋しい相手など、自分にいただろうか。

 そう考えて、思い浮かぶ面影がある。

 星を集めたような輝く銀髪に、青より深い藍色の瞳。

 鼻筋はすっと伸び、甘く整った顔立ち。

 体つきは細いが、ほどよく引き締まった筋肉のある、理想的な体型。

 彼女・・がひと目で恋に落ち、追いかけて、追いかけて、やっとの思いで手に入れた夫イグナーツだ。

 

 ……うん? 彼女?

 

 思い返しているのは自分のことのはずなのだが、妙に他人事めいている。

 自分のことを『彼女』だなどと、まるで別人のように考えている状況に違和感を覚えた。

 あれほど恋した夫に対しても、「誰だっけ?」だなどと考えていた。

 

 ……あれ?

 

 一つを疑問に思うと、深淵へと引きずる力が弱まった。

 というよりも、沈みつつあった私の気分が浮き上がってきただけだろう。

 浮上に任せて耳を澄ませていると、小さな女の子の泣き声が聞こえてきた。

 悲しいという悲痛な悲鳴と、置いていかないでという叫び声だ。

 

「死なないで、死なないで、お母さま。わたくしを一人にしないで」

 

 幼い少女はどうやら私の胸にしがみ付いているらしい。

 意識がそちらへ向くと、胸の辺りが重い。

 息苦しい。

 重いと思ったのは、思考だけではなく、物理的な話でもあったようだ。

 

「……ドロ、テア?」


 口から自然に出てきたのは、少女の名前だ。

 少女と言うのは、少しおかしい。

 私の胸にしがみ付き、泣きじゃくっていたのは、私が命がけで産んだ娘だ。

 

 重い瞼をあけると、暗闇に光が飛び込んでくる。

 愛しい夫と同じ銀色の髪が日の光をキラキラと反射し、藍色の瞳には涙をいっぱいに浮かべていた。

 なぜそんな顔をしているのかと言えば、母である私が『死んだ』からだ。

 それも、自宅寝室にて、毒を呷っての自殺である。

 

 ……うん?

 

 何かいろいろとおかしい。

 自分の中で、それが確定した瞬間だった。

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