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猫侍 鳥獣行脚奇譚  作者: miYoxeNo
4/6

偵察

 山中を駆けて程なくして、目の前に開けた土地と集落が見えた。

 嬉しい誤算に二匹は、取り合えず安堵する。

 国境はもう、目と鼻の先にだったのだ。


「…この辺でいいか」


 二匹は身を低くして茂みに隠れながら、村の様子が分かる位まで近づいた。


「…人間の村っていう割には、お粗末だな。小屋ばっかりじゃねえか…なんか変な匂いもするし…」


 そう鼻をひくつかせながらも寅吉は、同意を求めようと上司の方に向き直る。

 しかし件の上司は、地面に向かって何か熱心に作業をしていた。

 注意深く観察してみると、朝倉は何か文字の書かれた油紙を一枚、地面の目立たぬ場所に設置し、重石代わりに木枝を乗せている。

 もう何度目になるか。実は先程からこの行為は繰り返されている。気付けば村をぐるりと一周した程だ。


「…何してんの?」

「これで、村々で起こる一連の出来事は、気付かれにくいだろう。…いざという時のお守り替わりにもなる」

「ふーん…。術か呪いの一種かい?」


 寅吉の問いに朝倉は「ああ」とだけ答え、後は黙々と作業の継続に入った。どうやら、それ以上の情報は聞き出せないらしい。

 諦めた寅吉の方は、仕方なく人間の集落を藪の隙間から窺うことにする。


(出来たばかりの、新しい集落ねえ…)


 確かに、道らしい道もなく、粗末な家と小さな畑が、ぽつぽつと散見するのみである。

 掘り起こした岩や複数の切り株が、まだ放置されている点から鑑みるに、集落と言うよりも開墾地の方が適当ではなかろうか。


 家の数からしても、せいぜい住民は20人弱といったところだろう。

 文にあった「人の活気」とやらが、元々あったのかすら、疑わしい。


「…ん?人間がまだ居るじゃんかよ」


 寅吉はウメの「父が連れ去られた」という台詞から、てっきり、父親も含め、逃げ損ねた村人の全員が神隠しにでも遭ったのかと思っていた。

 しかし、よくよく見れば、家の影から人が出てきたのが確認できる。


「…もう少し、近寄ってみよう」


 朝倉の言葉に、二匹は物音を立てぬよう、細心の注意を払いながら移動する。


 気付けば既に日没間際。逢魔が時に相応しく、何が闇から出てくるのか、寅吉は内心気が気でなかった。


 人影が薄暗い中でもはっきりと分かる位に近づき、恐る恐るその顔を覗き込むと…


「おいおい…」

「これは…」


 思い掛けない結果に、二匹は呆気に取られてしまった。


 その人影は青白い顔色をしていたが、目が異様にギラギラしていた。

 覚束ない足取りで、よたよたと歩く様は、泥酔しているようにも見える。


 しかし、二匹の目を引き付けたのは、その人相だった。


 ギラギラした瞳の中心には縦に、細長い瞳孔。

 開かれた口の隙間からは、肉食獣を思わせる牙。

 両頬には、人ではあり得ない、異様に伸びた幾本の毛。

 加えて、その声は獣めいた濁声。しかも、寅吉達には聞き慣れたものだ。


「…朝倉様よ。これは、あれだ…」

「うむ。…憑かれてるな。…猫に」


 村の奥の方には、同じような人影が何人も彷徨っているのが見えた。

 そのほとんどが男たちだったが、皆一様に、頬を撫でたり、手を舐めたり、屋根に飛び乗ったり…。

 やっていることは異様でも、行動は一貫して猫っぽい。

 寅吉は、拍子抜けしたようにため息をついた。


「…なんだよ。驚かせやがって」


 勿論、人からすれば異常な事態である。だが、猫の寅吉にしてみれば、人に取り憑く事自体、さして珍しくもなかった。

 こういった場合の原因は、大抵、人間の方が猫に悪さをして、意趣返しに憑かれてしまう事が、ほとんどである。


 とりあえずは、正体が化け物ではないと分かり、寅吉は胸を撫で下ろした。


「どうやら、朝倉様、アンタの予想が的中したな。こりゃあ、俺たちの調査としては、外れだわ」

「しかし、妙だ。…なぜ、村の人間全員が取り憑かれているのだ?」


 一方の朝倉は、不可解そうに首を捻る。

 そんなの決まっているだろうと、寅吉は肩を竦めた。


「そりゃ、村の誰かが猫にちょっかいでも出したんだろ。猫塚を壊したのかもしれねぇな。何にせよ、自業自得だ」

「…その結論は早計だ。ウメの父親は、手癖の悪い猫にでも誘拐されたのか?仮にそうだとして、その理由も、連れ去られた居場所も分からぬ」

「じゃあ、どうする?」

「…もう少し、このまま様子を見る」


 二匹はじっと目を凝らした。日はすっかり沈んだが、夜目は猫の得意とするところである。


 夜の帳が落ちてもなお、夜闇に響き渡るのは、虫の声ではなく、人の奇声。

 今の光景を他の人間が見たら、次の日には狐憑きの村と、噂が国中に伝播しただろう。


 さて、村を見張り始めてしばらく経った頃、村に変化が生じた。

 ぽつ、ぽつと、村の奥から明かりが灯り始めたのである。


「…奥の方から、誰か来るぞ」


 朝倉は目を細め、明かりの向こうの複数の人影に注意を凝らすが…

 先頭を歩く人物の正体に、朝倉は思わず声をあげた。


「あの顔は…。三国の代官ではないか…!」


 二本足で立つ姿は人間そっくりに見えるが、全身毛むくじゃらで、頭が猫な点は猫侍に似ていた。

 その後ろにも、付き従うように、もう一人分の影が見えたが、その人物が商人風の出で立ちに対し、前を行く人物は羽織と袴を纏い、刀を腰に刺している。明らかに双方の身分が違う。


「間違いないのか…?」


 訝しむ寅吉の問いかけに、朝倉は深く頷く。


「…勿論だ。あれは三国の代官の一人、長尾(ながお)爪三郎(そうざぶろう)で間違いない」

「…じゃあ、あいつら、わざわざ現世の、こんな所で何やってやがんだ?」


 朝倉らが固唾を呑んで様子を窺う中、代官の長尾は、抜け目のない視線でぐるりと辺りを見渡した後、憑依された人間の男に話しかけた。


「…誰にも気づかれてはおらぬだろうな?」

「はい、旦那。抜かりなしです。監視の目もありません。今時分は獣だって寝てまさぁ」

「…逃げた(わっぱ)は、どうした?」

「それは、結局見つかりませんでした…。しかし、この近くに、子供の足で辿り着けるような人里はありません。野犬に喰われるのがオチですな…」


 ニタリと笑う人間に、長尾は満足そうに頷いた。


「先方は今夜にでも取り引きに応じられると言ってきた。問題ないだろうな?」

「はい…。時期としてはやや早いですが、良いものだけ選別してあります」


 「良し。行け」と、長尾が下知を下すと、男は頭を下げて、その場を後にした。

 そこへ後ろに居た商人風の男が、長尾のご機嫌を取るかのように、すり寄って来る。


「いやあ、御代官様、上手くいきましたなあ」

「油断するな。まだ終わったわけではない…。逃げた子供の親の始末も、結局、確認できないままなのだからな」


 「大丈夫ですよ」と、男が下卑た笑い声をあげる。


「なんてったって、ここは道揆法守の越と謳われたお国のお膝元…。誰もこのような事が行われているとは、夢にも思いますまい。お相手様も、向こうの事はきちんと手を回してあると、言ってくれております」

「…本当に信用しても良いのだろうな?それと仁助、今の言葉は俺に対する当てつけにも受け取れるが?」

「い、いえいえ、そんな事は…」


 慌てて弁解を試みる腰巾着を睨みつけるも、長尾の顔は笑っていた。

 何だかんだで、自分たちの企てが成功間近であることに、ほくそ笑んでいる様子であった。


「まあ、いい…。とにかく今は例の場所まで移動するぞ。…変な虫に嗅ぎ付けられぬ内にな」

「ははっ。直ちに…」


 さて、ここまでの一部始終を見た「変な虫」こと朝倉と寅吉は、何やら只ならぬ雰囲気に、化け物調査の時とは別の緊張で身を固くしていた。


「…やはりこれは、単なる憑き物騒動とは違うぞ…!」


 特に朝倉の声は興奮していた。心なしか鼻息も荒い。


「確かに、きな臭くなってきたな。…やるかい?」


 寅吉の誘いに朝倉は一瞬、目を細めて逡巡したが、「いや、まだだ」と、自らの矛を収める。


「…奴らの話から察するに、この後、まだ動きがありそうだ。『お相手』とやらも含めて奴らの正体を突き止めるまでは、早まるな」

「いや、俺は大丈夫なんだけどさ、…アンタが大丈夫なのかなって」


 見れば朝倉の目尻は吊り上がり、毛は逆立ち、身体が震えている。

 今にも飛び掛からんとする己の身体を、僅かに残る理性で懸命に抑えている。


 本当は、一刻も早く目の前の不届者をひっ捕らえ、強引に真実を白日の下に晒したい。

 心中としては、そんな所だろう。


(…ま、俺としては、どっちでもいいんだけどさ)


 寅吉としては、このまま上司の目が他所に向いていてくれた方が、自分に被害が及ばないだけ気楽である。いや、逆にワクワクしていた。


(最近、ちっとも身体を動かしてねぇしなぁ…)


 同士だろうが、身分が偉かろうが、悪党であれば相手をぶん殴る大義名分も立つ。

 ここは、密かに、朝倉がキレるのを期待しよう。


「…お?奴ら動いたぞ」

「良し、後を付けよう」

 

 決定的な証拠を掴もうと、朝倉が息巻く一方で、寅吉はさっきから感じていた妙な違和感が強まった事に、首を捻る。


「…なあ、やっぱり臭くねぇか?草っぽい、変な匂いというか…」


 鼻を引くつかせて匂いの源を探る。

 どうやら、小屋の立ち並ぶ周辺が最も強いようだ。


「…うむ。確かに少し臭うな。…これは以前に、似た臭いを嗅いだ覚えがあるぞ」


 朝倉には心当たりがあるようだが、寅吉にとっては初めて嗅ぐ香りだけに、匂いの強さに比例して興味も強くなっていく。

 二匹の強い嗅覚は、その独特な香りに誘われて発信源にまで行き着いた。


「ここが、一番臭いわ」

「…成程、そういうことか」


 そこは、小屋の前の畑であった。一面には見慣れない植物が生い茂り、白い花が可愛らしく咲いている。

 他に作物を育てている様子はなく、特徴的な匂いなだけに、寅吉にはそれが食べ物とはとても思えなかった。


 訝しむ寅吉を他所に、正体に気付いた朝倉は、不敵な笑みを見せながら、珍しく寅吉を褒めた。


「寅吉、お手柄だな」

「ええ…?俺には何のことかさっぱりなんだけど…?」


 先ほどまでの殺気立った雰囲気とは一転、機嫌を良くした朝倉は、寅吉のとぼけ顔にも「良いのだ」と、笑顔で応じてくれた。

 …しかし、その笑みからは強暴な牙がちらつく。


「子細は奴らの目の前で暴いてやるとしよう」

「お、やっちゃうか?」

「うむ。…お前もそろそろ暴れる相手が欲しいよな?」


 …何だかんだで、部下の事を良く分かってるじゃあないか。


 寅吉は心を見透かされて当惑半分、嬉しさ半分といった感じで、結局黙って苦笑いを作るしかなかった。

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