アイネブロムトルフ
……ドラゴン。
それは、モンスターの頂点。
そして全てのモンスターの原点とも言える存在……。
何故、ドラゴンがそのように人類から言われるようになったのか。
それは遥か昔、一匹のドラゴンが一つの都市を滅ぼしたからによる。
一夜にして滅びた都市。その都市に住む人間は一人も生き延びる事を許されなかったという。
災厄とも呼ばれた『それ』を畏怖の存在を討伐する事は偉業であり、後世語り継がれる事が約束されているようなものだった。
フィンバーグに警鐘の嵐が襲いかかる。
ギルドの誰かが鐘を鳴らしていた。
冒険者達はフィンバーグの象徴とも言える丘を眺めていた。
いや、丘であった場所を見ていた。
そこにはドラゴンを倒したと言われている人物の剣が、岩に突き刺さっていたはずだった。
どうしてそのドラゴンを倒した人物の剣の場所からドラゴンが現れているのだろう。
彼らは恐れた。
フィンバーグに住む人間達にとって、それは初めてみるものだった。
この辺境の地には大型のモンスターはおらず、いるのはスライムくらいという場所だ。
「あ……あ……」
その姿を見上げていた一人が掠れた声を漏らした。
「逃げろぉぉぉぉぉ! ドラゴンだぁぁぁぁぁぁ!」
冒険者達は蜘蛛の子のように散り散りになる。
武器も持たず、道具も持たず。
冒険者の命とも言える武器も持たず、自分の命を第一優先にして走り出した。
今逃げ出せば、命からがら逃げることができると希望的観測を持ったのだろう。
……それは叶わぬ願いだ。
「……あ……?」
逃げ出す冒険者は、困惑した。
誰がそう発したのだろう?
全ての冒険者に問いかけられたその発言はどこから聞こえたのだろう?
フィンバーグの丘に立つドラゴンの口には、炎と火花が溢れ出ていた。
陽炎に空間が歪み、足元の大地が焦土へと変わり果てる。
ドラゴンは口を閉じる。
そして蜘蛛のように散る虫を見つめていた。
ゆっくりと、広がる鼻腔から空気を吸い込んでいく。
膨れ上がる胸。
膨れ、満ちて。そして膨れ、満ちていく。
心臓の鼓動の様な音が響いた。
胸郭が膨らみ、鱗と鱗の間からは関節灯のように赤く光るものがちらつく。
そして堰を切ったように大きく口を開いた。
呼吸をするかのように、口から吐き出されたのは赤く赤く、全てを灰燼に帰す炎だった。
逃げ惑う冒険者を狙わなかった。
中心にめがけ放射された炎は、まるで床にまき散らした水のように広範囲に波となって広がってゆき、そして冒険者の体を押しのける様に熱波が襲いかかり……そして彼らは炭へと化していく。
「あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 熱い! 熱い熱い熱い熱い熱い熱……」
身を蝕む毒のように体を覆った炎は、冒険者の肺を焼いた。
体も、呼吸も、声も、命も、全て焼き切るその姿はまさしく、モンスターの頂点。モンスターの原点と言える存在だった。
「……あぁぁぁぁ!」
その強大で災厄の存在に向かう人物がいた。
青髪の髪を靡かせ剣を引き抜き、ドラゴンの足元に叩きつける。
しかし、体に生える鱗には傷一つ付いていなかった。
「ビビ!」
「また私の故郷の様に滅ぼすのか! ドラゴン!」
ドラゴンに向け吠えるビビアンは跳躍する。
人間の膂力からかけ離れたその力でドラゴンの首元に向かって渾身の力で剣を叩き込んだ。
火花が散る。
食い込むことはなかった。
ビビアンが所有する剣。それは都市が大規模で作り上げたものだった。
魔法、錬金、鍛治、全ての精鋭たちが心血注ぎあげて作り上げた代物だったはずだ。
「……っ!」
押しのける様にドラゴンは首を振る。
首に当てられていた剣を、羽虫を払うように。
その勢いは強かった。
ビビアンは地面に叩きつけられず、ベディヴィアに抱きとめられる。
「ビビ! 逃げるんだ!」
「ですが! このままじゃこの村が……!」
ベディヴィアは彼女の顔を見た。
罪悪感のような。憎悪のような。
そこにいたのは勇者と呼ばれた冒険者ではない。
無力で非力な、ブロムトルフで唯一生き残った一人の少女だ。
「私のせいで……! この村が!」
「あぁ、そうだ。勇者ビビアン」
彼女の発言に追い打ちをかけるように言い放つ声。
二人はその声の主人を見た。
その人物は昨日の夜、彼女達に情報を売った人物……。そしてアーサーに地図を売りつけた人物だった。
「……あ……アリル!」
「どぅも。勇者ビビアン。あと、隻腕の騎士ベディヴィア……だったか? まぁ、そうなことはどうでもいいか」
「アリル! どうして……!」
「どうして? いいや? どうしてじゃないだろう? 勇者ビビアン。俺は情報を売っただけだ。ただ言うなら、そうなるように仕向けたんだがなぁ」
彼の掌が出されると、サイコロを転がしているかのように揺らした。
その行動にビビアンは怒りに身を任せ攻撃を仕向けようとする。
しかし、ベディヴィアは彼女を引き止めた。
「何をするのですか! ベディヴィア! 奴は裏切り者ですよ!」
「あぁ、しかし相手は何者かわからないだろう?」
ベディヴィアの言葉に、アリルはヘラヘラと笑いながらお辞儀をする。
深く、深く、顔が見えないくらいに頭を下げた。
謝罪ではない。
それは道化師のようにいたずらっぽく、態とらしく、小憎たらしい動作だった。
顔の皮がずるりと剥け落ちた。
「あらら、化けの皮がめくれてしまいまシタカ。こまったこまった。人間の皮膚って本当に脆いデスネ」
「……お前は……!」
「改めて紹介させていただきマスネ。ワタシはパック……以後お見知り置きヲ」
黒と、白と、紫と入り混じる化粧。
ニコニコと笑うその姿は二人に嫌悪感を抱かせるほどに不気味だった。
「目的はなんだ? 俺たちを殺すことか?」
「いえ、これはゲームデスヨ?」
パックはどこからともなく蛍光色のボールを六つ取り出すと、ジャグリングを始める。
「ドラゴンが蘇り、勇者と言われたブロムトルフの生き残りがどこまで戦えルノカ。それを見てみたかったノデス」
「なんで、貴様がそれを知っている!」
パックは彼女の表情を見るなり、狡猾に、無慈悲に笑顔を作った。
「ブロムトルフは残念でシタネ? アイネブロムトルフ」
「……まさか」
「ビビアン! 今はそんなことをしている暇はないだろう!」
ベディヴィアは彼女の肩を揺らす。
「そうデスヨ? 早くしないと、フィンバーグは滅びてしまうでショウ」
パックは汚く笑う。
バカにするように腹を抱えて笑う。
「さぁ、ゲームを楽しみまショウ! ドラゴンを倒したらドラゴンキラーとしての名誉が! 負けたらゲームオーバーデス!」
道化師は指を鳴らす。
「イッツショータイム!」
そしてパックは煙になり消え去った。
「クソ、本当ふざけやがって……!」
ベディヴィアは舌打ちをする。
彼らは掌で転がされていた。
ドラゴンを目覚めさせ、フィンバーグを滅ぼす。
それを尻目に敵は退散する。
用意周到だった。
「ビビ! 早くドラゴンを討伐しにいくぞ!」
「……無理ですよ……」
彼女は脱力していた。
彼女の心は折れていた。
なぜなら、ドラゴンキラーを召喚するためにやってきたはずなのに、その敵であるドラゴンを蘇らせてしまったから。
ドラゴンに滅ぼされた村は、あのパックという道化師か仕向けたものだったから。
そして、ビビアンが前に捨てた名前、アイネの名を道化師は知っていたから。
つまり、彼女はこれまでずっと弄ばれていた。
勇者と呼べるまでに努力していたと思われていた功績はすべて、あの道化師によって作り出された砂上の楼閣だった。
崩れる。
「わたしには……無理だったんです」
崩れる。
断末魔の声が聞こえる。
「わたしには、誰かを救うことなんてできなかった」
崩れる。
炎に焼かれる音が聞こえる。
―――蘇る。ブロムトルフの惨劇。
両親を食い殺される光景。
「馬鹿野郎!」
ベディヴィアは少女の頬を叩く。
「あんたはあのピエロに仕立て上げられた偽物かもしれないがな! あの都市では一番の冒険者だろう! 誇りを持て! アイネブロムトルフ……いや! 勇者ビビアン!」
ベディヴィアの叱咤激励に、ビビアンは顔を伏せる。
「……次、世迷言を呟いたらゲンコツ落とすからな。隻腕の騎士のゲンコツをなめるなよ」
「……気をつけます」
彼女は頬を叩く。
両頬が赤く腫れあがるくらいに力強く。
「行きます! ドラゴンの注意を私が引きます! ベディヴィアはフィンバーグの人々を助け、飛空挺へと避難させてください!」
「あぁ、わかった」




