竜殺しの剣
「ベディヴィア。以前私が貴方にどこに住んでいたかなど、教えたことがありましたか?」
「いいや? あんたとつるんで四年ほどになるが、知らんな。というかあんたはそもそも自分の事を教えない性分だっただろう?」
「確かに……そうでした。私は貴方にいろんな事を教えていませんでしたね」
貴方はいろんな事を私に教えてくれたのに……と、ビビアンは悲しそうな表情をした。
ベディヴィアは彼女のその悲しそうな表情を四年間の間、何度も見てきた。
彼は長年の間、冒険者をしている。
ビビアンが勇者という称号を得た時よりも、恐らく彼女が冒険者として動き始めた時よりも長く冒険者生活をしてきた彼は様々な冒険者と出会い、そして別れてきた。その幾多にもなる交流から彼は、他人の考えている事をある程度長年の勘で理解ができるところにまで昇華されていた。
しかし、彼にはわからないものがある。それは彼らの過去だ。
思考を読むことが出来ても柵のようにまとわりつく過去は読むことはできない。
「『ブロムトルフ』という村をご存知ですか? その村には青く冷たく水が透き通る大きな泉があり、その泉は妖精の国と深いつながりがある村として有名な場所でしたが……」
「あぁ、知っている。だけど、ブロムトルフは確か何年も前に竜に襲撃されて滅んだと言われていたと思うが……俺も一度行ってみたいとは思っていたんだよな……」
「いいところでしたよ。こんこんと湧き出る泉の水で育て上げた野菜が売りだったのですから」
「いや、なんであんたが知って……」
彼は、まさかと思った。
あの村の話をする目の前の少女を見る。
「いやいや、でもブロムトルフの生き残りは一人だけって聞いているが……」
「ベディヴィアの言った通りドラゴンがブロムトルフを襲撃した際、あの村で生き残ったのはたった一人です。その生き残りは女で、その時の年齢はまだ九つ。そして青い髪と、紺色の瞳を有していたと言われています」
「……まさか」
「そう、私はブロムトルフの生存者……。たった一人の生き残りです」
彼女はゆっくりと目を閉じる。
……思い出す。
彼女がまだ九つで、青い髪を有し、無力でか弱かった時を……。
ブロムトルフの村が炭へと成り果て、さらに灰燼にせしめようとする真っ赤な炎に覆われた夜。立ち上がる煙によって、夜空に浮かぶ月や星は見えなかった。
燃え上がる炎に囲まれ、幼き彼女は息ができなかった。
炎は人を焼き殺した。
炎は彼女の故郷を焼いた。
炎は彼女の心を地獄へと変えた。
叫び声が聞こえる。火に焼かれた人間の断末魔が途切れる瞬間が耳に焼きつく。
そして、ビビアンの両親を咀嚼し、炎に照らされ黄色に光り輝く竜の瞳が見えた。
彼女は目を開く。
「一度も忘れはしません。私だけが生き残った事を。私がみた世界を。私の家族を食い殺した竜のことを……」
彼女の右手は血が滲むほどに、握りしめられていた。
「だから私は、ドラゴンキラー……アーサーにドラゴンキラーになってもらわねばなりません」
これ以上被害を生み出さないために。
これ以上彼女の村と同じ様に滅ぼされないために。
「……ははは」
その彼女の決意に、ベディヴィアは笑みを浮かべる。
その笑みにビビアンは心底不快な表情を浮かべる。
「いや、すまないすまない。笑って悪かった。いやぁ、そっかそっか……あんたがあの生き残りだったんだな」
「……?」
「いや、こんな偶然っていうのが。いや冒険者というのは本当広いようで狭いんだなと思ってよ」
ベディヴィアは手をひらひらと動かした。
ブロムトルフを救った冒険者、ウーゼル。
そのウーゼルが助けたとされるビビアン。
そしてそのウーゼルの息子であるアーサー。
偶然はこの世にはない。
奇遇が何度も幾重に重なり合うことで、出来上がるものはやはり奇遇だ。
「よし、そうとなればあのガキに会いに行くぞ」
ベディヴィアは料理を食べ終えた後、立ち上がった時だった。
「……ちょいといいかい? 勇者達」
「あん?」
ベディヴィアは自分達に声を掛けてきた人物を見る。
ビビアンはその声の人物を見たことがあった。
「貴方は……アリルでしたか?」
「あぁ、そうさ。勇者」
彼等を呼び止めた人物、それはビビアンにアーサーのことを教えた男。アリルだ。
彼は初めてあった時の陰湿な雰囲気など持っておらず、酒が注がれている木製のジョッキを片手にフラフラとしながら立っていた。
「勇者達に言い忘れた話をしようと思ってよぉ、少しだけ時間をくれよ」
「なんだぁ? てめぇ。俺たちは今忙しいんだ。話している暇はねぇよ」
ベディヴィアはアリルに対し、冷たい態度をとり距離を取ろうとするがアリルはニヤニヤと笑った状態で彼ではなく、ビビアンを見ていた。
「なに、すぐ終わる話さ。今回は報酬とかはいらねぇ。金貨二十枚もくれたのに、しょぼい情報を掴まされてよぉ。俺が都市に赴いた時に俺が悪い事をしたと言いふらされて都市にいる場所がなくなっちゃ困るから追加の情報を教えてやろうって思ったんだぜ」
「……申し訳ありませんが、他のドラゴンキラーがいるなんて話は聞く気はありません。それなら他の人に当たってください」
「竜を殺したという剣があるっていう話を教えてやろうって思ったのによぉ」
ビビアンはピクリと耳を動かしたあと、目を細めアリルをみる。
その反応にアリルはニヤリと口を三日月状に歪めた。
「……なにを言っているのですか?」
「いや、普通に考えてわかる事じゃねぇか。ドラゴンキラーを探しているってことは、何か都市に危険が迫っているってことだろ? そう、例えば……都市に竜が現れた……とかな?」
「……」
「図星か? 勇者」
にちゃりとした笑みをアリルが浮かべる。
「それで? 貴方に何の問題があるのでしょう?」
「さっきも言ったが、俺は都市に行って悠々自適な生活をしたいんだ。豪邸を建てて、女を侍らせてな。それなのにその夢の都市で竜が現れたとなっちゃ困る。俺の夢が潰れちまうってわけだ」
アリルは酒を呷るとジョッキに注がれていた酒を飲み干し、大きく息を吐いた。
酒気を帯びた吐息がビビアンへと向けられる。
その酒臭い吐息に彼女は眉間に皺を寄せた。
「そうならないために、勇者様に武器の在り処を教えてやるんだぜ? あれだ。嘘っぱちのドラゴンキラーのガキの情報を握らせた謝罪も込めて……だ」
「……アリル。貴方に一つ訂正させていただきたいことがあります」
「あん?」
アリルは人間の怒りの感情を見たことがある。なぜならアリルは人間の怒りをうまく利用して商談を成立させようとする手段をよく使うからだ。
それは燃え上がる炎が揺らぐようなものだとアリルは理解をしており、そして火消しの仕方も知っていた。
しかしアリルはこの時、身体中を駆け回る酔いから覚めた。
それは恐怖だ。
青い瞳に宿る、勇者の怒り。
それは燃え上がる炎のような感情ではなく、大粒の雨が降り頻る荒れ狂う嵐のような感情だった。
「アーサーを偽物のドラゴンキラーの息子と称した事を改めていただきたい」
「…………」
雨に打たれたかのように、アリルは冷や汗を流した。
「わかりましたね?」
「……あぁ、わかった」
アリルが返事をすると、ビビアンは立ち上がる。
「では、竜殺しの剣はどこにあるのか教えていただきましょう」
そして、夕日は地平線に飲み込まれ夜になった。