『竜殺し』ウーゼル
「……」
フィンバーグのギルド内にある食堂でビビアンは席に座り、食事を摂っていた。彼女の目の前に置かれているのは、木材の深皿によそわれたひよこ豆のスープと、ブロート、そして塩をふりかけられたバターだ。
彼女はブロートを一口程度にちぎると、バターをナイフで切りブロートに乗せ口に運ぶ。
しかしブロートは口内の熱で溶けたバターと一緒に飲み込まれず、ずっと彼女の口の中に残っていた。
それは恐らく、飲み込めない原因はブロート自体ではなく、食事に集中せず物思いに耽けているビビアンの方であろう。
彼女の目の前には数人の冒険者が今日の仕事を終え、酒を酌み交わしておりその酒を飲んでいる男たちの背景には夕日が映えていた。その夕日が見える窓枠は絵画の額縁のようで一枚の絵画と思える美しさがあった。
「……はぁ……」
「どうしたんだよ。ビビ」
冒険者の中で勇者とも称されているビビアンに対し、短縮した名前でさらに軽い口調で声をかけたのは、右手で大きな皿を持っている赤毛で長髪の大柄の青年だった。
彼の名前は『ベディヴィア』といい、飛空挺の乗員の一人……勇者ビビアンの仲間である。
瞳は黒。日焼けではない褐色で古傷だらけの肌が露出している。
そして彼には左腕がなかった。
「ベディヴィアですか……。少し考え事を……」
「ふぅん……よっと」
赤毛の青年は彼女の隣の席に座ると、手にしていた大皿を机の上へ豪快に置いた。
その大皿の上には若鶏が一羽丸々香草を混ぜたソースを塗りたくられ、丸焼きにされている料理が盛られていた。
「……それは?」
「あぁ、フィンバーグのギルドで一番高い食い物なんだってさ。銀貨二枚らしいぞ?」
高額の料金にビビアンはため息をついた。
「……貴方はいつまでたっても浪費癖無くなりませんね」
「いやいや、元々は守銭奴だったんだぜ? だけどこの身になってから少し考えが変わったっていうか……」
「私は貴方が隻腕ではなかった時を知りませんが?」
「かっかっかっ。まぁいいじゃないか」
ジト目で見つめるビビアンに、彼は笑った。
「まぁ、ビビの考えていることはわかり切っているけどよ……あれだ、例のドラゴンキラーの件だろ?」
「うん。まぁ、そんなところです」
さっきまで柔らかい表情をしていた彼女はすぐに暗い顔をする。
彼女は線が細く小汚い少年を思い出していた。
「ドラゴンキラーは亡くなっていました。そして息子である冒険者アーサーはそのドラゴンキラーの技術を受け継いでいませんでした」
「へぇ、受け継いで無かったのか」
ベディヴィアは彼女に楽天的な口調で言う。
「それよりも、ドラゴンキラーであった親を恥じていました。まるで腫れ物に触れるような形で認識していたのです」
「……それは仕方ねぇと思うけどな」
「どうしてですか?」
ビビアンはベディヴィアを見る。
彼は右手でナイフを器用にくるくる回し、ビビアンの疑問に答えを述べた。
「あんたがギルドに入ってから俺なりに探索したが、この村はいかんせん平和すぎる。都市のように活気があるわけではなく、だからといって貧困というわけでもない。柵は傷一つないし、無人で朽ちかけた家がない。見る限り竜なんていう存在はいやしないと思っている連中ばかりだ。恐らく化物行進も体験したことがないのだろう」
ベヴィディアは探索結果を述べながら鳥の足の付け根にナイフで切れ込みを入れ、隻腕だと思えないくらいの作業速度で解体していく。
切り口からは火がちゃんと通っているとばかりに肉汁がたっぷり染み出していた。
「だから、この地にやってきたドラゴンキラーはどんなに己の功績を述べたって誰も見向きもしないだろう。名もない、ただドラゴンを殺したと語る冒険者を誰が信じらと思うんだ? 証明をしようとしても、この地にはドラゴンどころか危険性のあるモンスターさえいないのだから。そうしていくうちに、彼の憧れだった父親は風化して行き、ドラゴンキラーという功績を残した父親を恥じと思っていったんだろうな」
そんな流麗な捌きをしている隣で、彼女は拳を作り、机を叩いた。
ひよこ豆のスープが揺れると器から少量溢れ、ベディヴィアはお皿をヒョイっと持ち上げて机の揺れから食べ物を守った。
「だけど、報告すればいいのですか……。ドラゴンキラーは亡くなってしまっている。これじゃ暴竜を倒す手段がないなら都市は壊滅するしかないじゃないですか」
彼女の打ち付けた拳は震えていた。
怒りでもない、遣る瀬無い感情がその右手に込められていた。
「それだけはなんとしても阻止しなければなりません」
「……わかってるよ」
「ですが、私達では暴竜を倒すことはできないんですよ!」
「その時は、俺たちがやるしかないだろう?」
ベディヴィアはきっぱりと答え、避難させていた皿を机の上に置く。
そして右手で左肩に触れ、二度と撫でた。
今は無き彼の友人を悼むように優しく撫でた。
「それにアーサーのガキがドラゴンキラーをできないというなら、他のドラゴンキラーの噂を頼りに旅に出ればいいじゃないか。俺たちは王に頼まれてドラゴンキラーを探すために旅をしているんだからよ」
「……」
ベディヴィアの確認するかのような発言に彼女は黙った。
彼は骨が付いている鶏肉を口に運ぶと、骨ごと噛み砕いてから嚥下をする。
「だが、あんたはこのフィンバーグから離れ、新しいドラゴンキラーを探そうとする気は無いようだ」
「……」
「あんたがこのど田舎から離れない理由はなんだ? ……それともあのガキ、アーサーとやらに何か思い入れがあるのか?」
「ベディヴィア……貴方はいつも人の心を読むのが上手いですね」
「あんたとの付き合いは何年だ? それくらいの考えすぐにわかるし、あんたの考えは短絡的だぜ?」
「私じゃ無かったら、嫌われていますよ?」
「もしあんただったら?」
「斬り伏せてます」
「おっかねぇな。まぁ、今度からは控えるとするさ」
ベディヴィアの憎まれ口に、ビビアンは少しだけ笑みを浮かべた。ベディヴィアの憎まれ口に何度救われたかと彼女は思った。
そして、彼女は気持ちを切り替えるように深呼吸をする。
「ベディヴィア……アーサーの父親は、嘘つきではありません。彼は本物のドラゴンキラーです」
「なぜそんなことが言える?」
「私が証人だからです」
ビビアンは封を切るように口を開いた。
「私が勇者になる以前、冒険者ですらない時……私はドラゴンに襲われました。そしてそのドラゴンから救ったのが、アーサーの父……ウーゼルなのです」