『勇者』ビビアン
「トマトソースと肉団子三つ!」
アーサーは意気揚々とギルド内にある食堂に声をかけた。
彼のポーチの中には、報酬である銅貨八十枚が巾着袋の中に入っている。
そのずっしりとした重みに彼は食い繋ぐお金が入っていると実感して心が軽くなっていた。
アーサーの注文を受けた食堂で料理を作っている初老の女性はアーサーの顔を見ると優しそうな表情を作る。
「今日は元気いいね。昨日はいたのを見かけたけど、ご飯も食べずに出て行くから心配したよ」
「ちょっと冒険したくて、いってきたんだよ。ちゃんと報酬ももらったから!」
そう言ってアーサーはポーチの中から巾着袋を取り出した。
ジャラッとたくさん小銭が入っている音を聞いた彼女は目を細めた後、すぐに笑顔になる。
まるで子供のお小遣いの量を確認した叔母さんのようだとアーサーは心内に呟く。
「そりゃよかった。ツケ払いになったらあんたの家まで押し入って金目の物をもらっていこうと思っていたところだよ」
アーサーは冷や汗を流した。
「ははは、冗談を」
「もちろん冗談だよ。今はね」
ひんやりとした空気がアーサーの背筋を凍らせた。
「ほら、トマトソースと肉団子三つだよ。銅貨二十枚ね」
「あ、ありがとう……あれ、おばさん。肉団子一つ多い気がするんだけど」
「あぁ、それ余り物だよ。一個というにはやや小さいからおまけ」
「おばさんありがとう!」
「若い子には沢山ご飯食べさせたいからね。沢山お金を稼いでもっといいご飯を食べるんだ」
「銅貨二十枚の一つ上ってなに?」
「そうだねぇ、トマトソースに肉団子三つ、あとはブロートかな……銅貨二十五枚くらいだね」
ブロート。ライ麦で作られたパンでずっしりと重たく栄養価が高いパンであり、腹持ちがいいものとして知られている。
アーサーはブロートをあまり好きではなかったが、腹持ちの良さは背に腹をかえられぬと思った。
「考えておく。とりあえずおばさんありがとう!」
「いいんだよ。さっさと食べてきな」
アーサーは近くにある立ち食いができる木材の机に持っていくと、木製のスプーンを手にして肉団子を口に運ぼうとした。
その時だった。
ギルドの扉が勢いよく開かれた。
その開き方にギルド内にいた冒険者たちは注目する。
その扉を開いた者は豪華で清白な鎧を見にまとった女性だった。
森林の奥深くにある湖に生える勿忘草のように青色を纏う髪を髪飾りでまとめていて、腰には綺麗な装飾で作られた剣があった。
その姿の時点でこんな辺境の地であるフィンバーグに来るような人物ではないと誰しも思った。
そして誰も声を上げることが出来なかった。
彼女の紺色に近い瞳が一頻り冒険者を値踏みするように動いたあと、ギルドの受付をしていた案内人に近寄る。
「よ、ようこそギルド、フィンバーグ支店へ……何か相談がありますか?」
「人探しをしています」
水のように冷たい声音をギルドの中を漂う。
「竜殺しの冒険者がここにいると聞きました。一度会いたいのですが」
竜殺し……。それは伝説とも言える偉業である。
そしてその女性が口にした言葉を冒険者達は耳を疑った。
ドラゴンというモンスターの存在。
それは、モンスターの頂点。
そして全てのモンスターの原点とも言える存在。
それがドラゴンである。
「あ、あの……」
「失礼しました。私は『勇者』ビビアンという」
「ビ……ビアン様!?」
ギルド内は騒然とした。
ビビアンという名は、フィンバーグでも知れ渡っている名前だった。
曰く、都市のモンスターの群れを一人で倒した。
曰く、大鬼が巣食う遺跡を攻略した。
曰く、冒険者での功績を称えられ、王から勇者という称号を承った。
など様々な逸話が様々である。
「そのビビアン様がドラゴンキラーの冒険者に何の用が……?」
「勅令があったのです。都市にドラゴンキラーを召喚せよ……と」
ビビアンは懐から一つの巻物を取り出すと開ける。
そこには王の印と、勅令の内容が書かれていた。
「ドラゴンキラーはどこにいますか。教えてくれれば報酬を出します。……銀貨十枚で」
ギルド内は騒然とした。
情報を出せば金貨一枚ではなく、銀貨十枚ももらえる。
それは美味しい話であった。
フィンバーグでは金貨という価値はかなり低い。
何故ならば、金貨一枚と銀貨十枚は同価値ではあるが、金貨一枚には時価が存在する。価値が変動するのだ。
金貨を十枚程度持っている場合、時価のメリットは大きい。しかし一枚ならその価値は低いのだ。
しかしフィンバーグのギルド内にいる人間は銀貨十枚という美味しい話に手をつけず、誰一人も情報を提示しようとしなかった。
ビビアンは視線を合わさない冒険者達を見比べた後、ため息を漏らした。
「……この地にドラゴンキラーがいると聞いたのですが、嘘なのですか?」
「いいや? いるぜ?」
一人の男が、ビビアンに告げる。
そいつは昨日アーサーに地図を売りつけた男だった。
「俺はアリル。金貨一枚くれると耳にしたが、ドラゴンキラーについて聞きたいのか?」
「……えぇ。私はそのためにフィンバーグにやってきたのだから……」
「それなら無理だ」
ビビアンは眉間にしわを寄せる。
情報を教えると言ったのにもかかわらず、アリルは無理だと告げたからだ。
「……何故です?」
アリルは自分の皿に乗っていた太いソーセージを齧り付き、咀嚼し、そして嚥下する。
そして油で汚れた指を汚く舐めとった後口を開いた。
「なんせそのドラゴンキラーなら数年前に死んだからさ」
「……」
ビビアンは表情を一つも変えない。
しかしアリルはその無表情の顔の奥深くに動揺が揺らいでいるのを見逃さなかった。
「知らなかったのか? それは残念だ。だが一ついい情報を俺は知っている」
「……勿体振らないでください。要求はなんですか」
アリルは、待ってましたと言わんばかりに口の端を歪める。そして手を出した。
「金だ。銀貨十枚じゃ物足りない。金貨二十枚だ」
ギルド内は騒然とした。
「金貨一枚ぽっちじゃこんな場所じゃ意味がない。なら金貨二十枚をくれて都市で暮らした方がいいじゃねえか」
「……わかった。すぐに手配しましょう」
すんなりとビビアンは要求を受け入れた。
「じゃあ、ドラゴンキラーの話だ。フィンバーグにはドラゴンキラーと名乗り上げていた頭が逝かれている奴がいた。そいつはフラフラとこっちにこの地にやってきた後、ここを終わりの地にしたんだ。子供を残してな」
「……」
「そのガキはフィンバーグの冒険者の端くれとしてここにいる。よかったな。勇者」
アリルはゲラゲラと笑う。
そして辺りを見回した。
「あぁ、そうだった。そいつの名前を教えるの忘れていたな」
アリルの邪悪な視線は一人黙々と食事にありついていて、こちらを一切見ていない少年を捉えた。
そしてアリルは立ち上がり威風堂々としながら歩く。
「そいつの名前は、アーサー。ギルド、フィンバーグ支店最弱と呼ばれた冒険者だよ」
そしてアリルはアーサーの肩を掴みビビアンへと顔を見せたのだった。