エクスカリバー
彼女はベディヴィアの姿を見送った後、息を沈め、ゆっくりと目を閉じる。
「……勇者、ビビアンの名において召喚を命ずる」
両手を組み、彼女は祈りを請う形を作る。
「強大な敵を打ち倒す力を欲する」
それは強大な敵。
ビビアンの……アイネ・ブロムトルフの故郷であるブロムトルフを滅ぼした暴虐の限りを尽くしたドラゴンだ。
「人を守るための力を欲する」
それはフィンバーグ。
この村に住む、行きたし生きるものたちの命を守るためだ。
「人を救うための力を欲する……!」
それはフィンバーグ、そして世界中にいる人間、生物たちのことだ。
その祈りに呼応するかの様に、彼女の体……下腹部から、金色に光り輝く粒子が生み出された。
「……勇者ビビアンの名において、召喚する……! カリブルヌス!」
そして、ビビアンは光り輝く粒子を両手で掴むと、思い切り引き抜いた。
彼女の手にあったのは、一メートルほどの剣。ビビアンの様に青く水の様な青い色を有し、まるで水の波紋をそのまま写したかのようなその刀身は彼女が持っていた細剣以上に神々しさを持っていた。
「……カリブルヌス、抜剣……!」
その詠唱に呼応したその剣は、刀身の周囲に黄金色に光り輝く粒子を漂わせた。
そして、その粒子は次第に量が増えていくと次第に加速していく。
一周、二周、三周と、次第に早くなる粒子は次第に光の尾を引きそして刀身を輝かせた。
視線を、ドラゴンとベディヴィアに向ける。
ベディヴィアは身体中が裂傷で血だらけになっており、息を上げ膝をついていた。
「ベディヴィアその場から退避ください!」
「っ! ……了解!」
ベディヴィアは雑嚢から球体の物を取り出すと、地面に叩きつける。
すると、赤色の煙幕がドラゴンとベディヴィアを覆った。
ドラゴンの咆哮が聞こえる。そして煙幕からベディヴィアの姿が出てきた。
「……いまだぁぁぁ!」
「……っ!」
ビビアンはベディヴィアの合図に合わせ、赤色の煙幕の前まで走る。
「……っ! 喰らえ! カリブルヌス・ゼロ!」
右下から左上に向けてビビアンは剣を振り抜いた。
それと同時に、赤色の煙幕は彼方へと吹き飛ぶ。
光の粒子は一条の光となり剣から伸びると、赤色の煙幕に惑わされていたドラゴンの体にめがけて照射した。
「……っ! あぁぁぁぁぁぁぁあああああぁぁぁぁ!」
彼女の気迫に合わせ、光の粒子は増幅する。
ドラゴンの胸に目掛けて放たれた光はドラゴンの体を貫いた。
ドラゴンの悲鳴が響く。
そして、光の粒子は空に向かって行き消え去った。
カリブルヌスを振り抜いた彼女の周囲には草は生えておらず、更地となった。
彼女の放ったカリブルヌスの力によって、跡形もなく消え去っていた。
「……はぁ……はぁ……」
全力で行使したカリブルヌスは光の粒子と粉々になって消え去った。
ビビアンも力が抜け、膝から地面についた。
「……ビビ、いきてるか……?」
「返事が……できているなら……生きている、のでしょう」
目の前にはドラゴンが横たわっていた。
ドラゴンはピクリとも動かず、沈黙していた。
ベディヴィアはビビアンの放ったカリブルヌス・ゼロの光がドラゴンの胸を貫いていたのを確認していた。
あれほどの力は、ドラゴンのブレスと同等といっても過言ではない。
「……やったか」
ベディヴィアは安堵の息を漏らし、尻餅をつくと、左腕に装着されているアガートラムを外した。
すると、左腕になっていたアガートラムはまた鏡面の様な盾へと戻った。
「……あぁー……疲れた……ドラゴンキラーなんて……こりごりだぁぁぁぁぁー……」
「……まさか……ドラゴンを倒せるなんて……思ってもなかったです……」
ビビアンはアリルの言葉を思い出す。
「勇者なんだから、できるに決まっているだろう? 勇者ビビアン」
「……そう……ですね……」
お互いが、笑顔になり笑いあった。
その瞬間。
ドラゴンは息を吹き返した。
前足がピクリと動き、後ろ足がゆっくりと動き始める。
「……な、そんなことがあるわけ……」
「……っ」
その光景にビビアンと、ベディヴィアは絶望を抱いた。
ビビアンの最大の技、カリブルヌス・ゼロを至近距離で撃ち抜かれたとしても、ドラゴンは生き返った。
「そんなバカな……! ちゃんと胸を撃ち抜かれたはずじゃ……!」
「……ドラゴンの鱗……」
ビビアンはドラゴンの鱗の形状を思い出した。
「まさかカリブルヌスを……反射した……!?」
ドラゴンは完全に復活する。
胸を貫いたはずの鱗には、傷一つなく黒曜石の様な輝きを放っていた。
口を開き、咆哮をするドラゴン。
一歩踏み出すと、ドラゴンはベディヴィアと、ビビアンを見た。
嘲笑うかのような瞳。
おしまいだ。とビビアンは死を覚悟した。
飛空挺は飛び立った。
フィンバーグの人々は救えた。
「ビビ、こうなったら最後まで抗ってやろう」
「…………はい」
二人は立ち上がる。
しかし、足は当の限界を迎えている。
「かかってこい!」
ベディヴィアはそう言い放つと、アガートラムを装着した。
ドラゴンは尾を振り抜く。
逃げる力などない。
尾が二人をめがけて襲いかかる。
ビビアンは目をゆっくりと閉じて死を受け入れようとした。
その時だ。
「……うおおおおおおおお!」
少年の咆哮が聞こえた。
金属と金属が打ち付ける音が響く。
「アーサー!?」
「死なせる……もんか……ぁぁぁ!」
ボロボロの剣を両手で構え、ドラゴンの尾としのぎを削る状態でアーサーは立っていた。
しかし、アーサーの体はドラゴンの尾に力負けをしており後退りをした。
「馬鹿野郎! お前には無理だ!」
ベディヴィアはアーサーに向かって言う。
「お前は逃げろ! 生き残るんだ!」
「僕には……、親父と交わした約束があるんだ!」
アーサーの体から骨が折れる音が聞こえる。
一本、また一本と踏ん張るたびに折れていく音がビビアンには聞こえた。
「人を救うために戦え。強大な者から守るために戦え。人を守るために戦えって!」
「……っ!」
それはビビアンが耳にしたことのある言葉だった。
『アイネ、いいかい? ドラゴンキラーというのは名誉ではないんだ。世界を救うために存在する存在なんだ。人を救うために、強大な者から守るために、人を守るために戦うんだ』
それはビビアンがまだアイネだった時に聞いた言葉だ。
「ウーゼル……」
「だから……僕は貴方達を助けるために戦う……!」
アーサーの体は吹き飛んだ。
ドラゴンの尾の威力に押されて吹き飛んだわけではない。
「……かっこいいこと言うじゃねぇか。ガキ」
「……え」
首根っこを掴み、アーサーを突き飛ばした者がいた。
赤毛の男。ベディヴィアだった。
「ベディヴィア……!」
「ビビ、お前の言う通りそいつはドラゴンキラーとなり得る者だ」
ベディヴィアは左腕でドラゴンの尾を抑えていた。
ビビアンと、アーサーは投げられた。
「ベディヴィア……!」
「うおおおおおおおおおお!!! アガートラム! 俺に力をよこせぇぇぇ!」
左腕が白銀に光り輝く。
ドラゴンの尾は振り抜かれると、土埃が立ち上がった。
「ベディヴィアぁぁぁぁぁぁぁ!」
ビビアンは彼の名を呼ぶ。
土埃が落ち着くと、そこにはアガートラムを前に突き出した状態で立つベディヴィアがいた。
「……大丈夫だ! 早く! アーサーにカリブルヌスを!」
「……っ!」
ベディヴィアの言葉に、ビビアンは頷く。
ビビアンは、アーサーの手を握るとドラゴンから距離を取った。
「ちょ、ビビアン様!?」
「もうこの手しかありません……」
二人は岩陰に入ると、お互いの顔を見合わせる。
「ちょ……ビビアン様……」
「黙ってください。集中できません」
「……」
距離が近かった。
アーサーの目の前には青髪の少女が立っている。
土の匂いや血の匂いがするが、その中にほのかに石鹸のような甘い匂いがしている気がした。
彼女はベディヴィアの姿を見送った後、息を沈め、ゆっくりと気持ちを落ち着かせた。
「……冒険者アーサー。今から私の言葉に合わせて言ってください」
アーサーの両手を掴み、膝をつき彼女は祈りを請う形を作った。
目の前にいる少年。冒険者アーサーに。
「ビビアンに命ずる」
「……ビビアンに命ずる」
彼女の言葉に合わせて、アーサーは唱える。
「強大な敵を打ち倒す力を欲する」
「……強大な敵を打ち倒す力を欲する」
それは強大な敵。
今、目の前でベディヴィアが時間を稼いでいるドラゴンのことだ。
「人を守るための力を欲する」
「……人を守るための力を欲する」
それはフィンバーグ。
この村に住む、生きとし生きるものたちの命を守るためだ。
アーサーは彼女の唱える言葉を理解した。
これは彼女の願いではない。
アーサーの父親である、ウーゼルの願いであり、ビビアンの願いであり、そして、世界がアーサーに願うものだった。
次に唱える言葉に、アーサーは決意をする。
それは、誰ものではない。
今自分がしたいものである願いだ。
「人を救うための力を欲する……!」
それはフィンバーグ、そして世界中にいる人間、生物たちのことだ。
「ん……あっ……!」
その祈りは呼応するかの様に、彼女の体……心臓から、金色に光り輝く粒子が生み出される。
そして、胸元に集まった金色の光から、また金色に光り輝く一本の柄が生み出された。
ビビアンはアーサーの手を引き、金色に光る柄を握らせる。
「……アーサーの名において、召喚する……! エクスカリバー!」
そして、彼は光り輝く粒子を引き抜いた。
彼の手にあったのは、一メートルほどの剣。彼女の様に青く水の様な青い色を有し、まるで水の波紋をそのまま写したかのようなその刀身は彼女が持っていた細剣以上に神々しさを持っていた。
「……抜剣……!」
「……新たなる主が見つかったようだな……」
ボロボロになり、倒れているベディヴィアは光の柱を見つめていた。
アガートラムは左腕から外れ、鏡面の盾へと変わり果てている。
彼はアガートラムの力を使い切っていた。
そのボロボロになったベディヴィアにとどめを刺そうとしていたドラゴンは、天に伸びる光の柱をみつめていた。
ドラゴンはあの天に伸びる光を昔見たことがあった。
その光を持つ者は誇り高きドラゴンに力負けせず、果敢に立ち向かってきていた。
ドラゴンは咆哮をあげる。
好敵手が生まれたことを祝福するかのように。
「ちっ! 奴め、驚異の相手を分かったか!」
ベディヴィアはドラゴンの意思を読み取るも、指一本動かすことはできなかった。
「ビビ……坊主……!」
ドラゴンは光の元へと向かう。
好敵手の元へと。
ドラゴンがその光の元へとたどり着くと、そこには光り輝く剣をもつ少年と、少年の腕に抱かれる青髪の少女がいた。
ドラゴンはその姿に心震える。
ドラゴンは息を吸う。
広がる鼻腔から空気を吸い込んでいく。
膨れ上がる胸。
膨れ、満ちて。そして膨れ、満ちていく。
心臓の鼓動の様な音が響いた。
胸郭が膨らみ、鱗と鱗の間からは関節灯のように赤く光るものがちらつく。
そして堰を切ったように大きく口を開いた。
呼吸をするかのように、口から吐き出されたのは赤く赤く、冒険者を殺した炎だった。
「エクスカリバー……」
少年は剣を構える。
狙う先は炎を吐くドラゴン。
アーサーは体に力を溜め、そして力をためたバネのように前進した。
そして逆袈裟斬りの形で、振り上げた剣は鋭い一撃となってドラゴンへ打ち込まれ、剣は振り抜かれた。
剣から発せられた一撃は光を放出しながら一閃を描く。
「ゼロ……!」
ドラゴンの鱗は切り裂かれた。
ビビアンの一撃を受け切った鱗は紙を切るかのように切り裂かれた。
一閃引かれた切り傷から体に宿る炎が溢れ出す。
そしてドラゴンは咆哮をあげた。
体に宿る炎は身を焼き、そして白い骨だけを残した。
「……はあ……はあ……」
「……アーサー……」
今この時、フィンバーグには、一人の英雄が生まれた。
それは、一人の少年であり、フィンバーグのギルドでは最弱の冒険者と呼ばれていた者である。
「……いや、私のドラゴンキラー……」
ドラゴンキラー。
それは伝説の偉業を成し遂げた者の名前であった。




