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飛空挺

 



 ……冒険者。




 それはなにかの『目的』や『名誉』、または『利益』、あるいはそれが何も意味や価値を持つものでなくても冒険それ自体のために危険な企て、冒険、試みに敢えて挑戦を試みる人たちのことだ。


 その彼らの冒険とは、新大陸の発見、未知の民族や文化の探検、政治的な事件、革命の目撃、魔法による音速の壁への挑戦や、魔法機構車や気球での大旅行の敢行など、さまざまな形がある。


「……んーっと……たしか目印はここら辺って聞いていたんだけどな……」


 その彼らと同じ冒険者という肩書きを持った男『アーサー』は深い森林、生い茂る草木の中で木の根に腰掛けながら、彼の緑碧の双眸が地図とにらめっこをはし、呟いていた。

 年齢は十七歳。ボサボサで砂塵が金髪に絡みついていてガシガシと指で触れるとギシギシとした硬さを示し彼は居心地の悪さを覚えた。

 その地図には簡略化された地形が描かれており、左上のあたりにはバツ印が一つ付いているだけ。

 それは昨日、ギルドにいた酒を飲んでいた男から銅貨二十枚で買ったものである。


「といっても、押し付けられる形で買ったんだけど……」


 銅貨二十枚。それは一日一食の食生活をしているアーサーの金額だ。

 ギルドの中に併設されている食堂にて、村で採れた野菜で作られたトマトソースと肉団子三つを頼もうとした矢先に前述の者が現れた。


「隣町のギルドで見かけたんだけどな? この地図どうやらこの辺境の地のど田舎の近所らしくてさ、このバツ印にはお宝が眠っているらしいんだよ。だけど俺は冒険者(アドベンチャラー)ではあるが冒険者(スカベンジャー)じゃねぇ。だからお前にこれを売ってやらんでもない。なにお前は最弱ランクの冒険者。廃品(ガラクタ)回収をするくらいしか能が無いんだからよぉ。その廃品をギルドに売り出せば金貨二十枚は行くんじゃねぇか?」


 売りつけてくる男の口の悪さに辟易しつつ、男のいう甘い言葉にアーサーは思わずゴクリと生唾を飲み込んだ。

 アーサーは考える。

 金貨二十枚。銅貨百枚で銀貨一枚。銀貨十枚で金貨一枚……。

 一日一食で生活をしているアーサーはその価値を食費として換算した。

 働かなくても生活ができる金額だった。


「どうだ? 買うか?」

「……わかった」


 そして今に至る。

 買わなければよかったとアーサーは今更のように後悔し、項垂れる。

 あの時は空腹がそこまで強くなかった。

 だから食費よりも、宝探しをして一攫千金を狙う方に欲がでてしまった。


「……はぁ、腹減った……」


 この森に自生しているシロップと呼ばれる木の若い枝を折り、口に入れて食む。

 ジワリと甘い汁が口の中に溶け込むように広がり、空腹をごまかそうとするが強く訴えてくる空腹音は消えることはなかった。


「このバツ印が宝なのかどうかわからないけど、昨日のご飯代を超えるお宝であってほしいし……」


 希望的観測をするアーサー。

 しかしその希望は薄いだろうと直ぐに負の感情が漂った。

 ベルト風に通しているウェストポーチの中から方位磁針を取り出し、地図と見比べながら進行方向を確認する。

 進行方向はずれてはいなかった。

 よしと気合を入れ、彼はもう一度前を向き立ち上がった。

 彼の腰には切り傷だらけの鞘に収まっている年代物の剣がぶら下がっていた。

 贅沢な飾りはなく、細くボロボロの麻布が持ち手に巻きついているだけの物だ。


「もう少しだ……。このままいけば開いた場所に辿り着く」


 そうしてアーサーは、また歩みを進める。




 そして、数時間かけ地図に載っていたバツ印に辿り着いた……が、そこには何も無く、アーサーの冒険は徒労に終わるのだった。




「あらら、結局の所ダメだったの……?」

「はい……辿り着いた場所にあったのは遺跡でしたが、その遺跡にはモンスターの影もないし宝箱も何もありません。放置された建物でした……」


 アーサーが拠点にしている辺境の地『フィンバーグ』のギルドの応接室にてギルドの一人であるエマと話していた。

 エマはすらりとした体格で、仕事ができるために冒険者から好かれている女性だ。

 年齢は二十歳ほどで、十七歳であるアーサーよりも年上である。

『ほど』という年齢が曖昧の理由は、エマがアーサーに年齢をはぐらかす様に言ったからである。

 しかし当の本人であるアーサーはエマのことを姉のように思っているくらいだ。

 その彼女であるエマはアーサーが冒険者の職業に足を踏み入れてから、今までずっと目に掛けておりアーサーの仕事の話の件や、簡単な依頼などを斡旋したりなどしていた。


「ちなみにその地図あるなら、見せてもらえる?」

「はい……これですけど」


 アーサーは件の地図を取り出しエマに手渡しをすると、彼女はポケットから赤青緑のレンズが付いている片眼鏡(モノクル)を取り出し地図を見つめる。

 その片眼鏡には探知の魔法が込められており、宝の他に無くしたものや落としたものを見つけるという力が込められている物である。


「……うん。確かにこの地図には財宝が眠っているという痕跡はないね」

「え、わかるんですか?」

「ええ、この地図に付いてる指紋……この地図に触れてきた人達の指紋なんだけど。もし古い地図なら何千何百の指紋がないといけない。だけどこの地図はその指紋がない上に、地図を描かれているインクが真新しいから……」

「あ……」


 そこまで懇切丁寧と言われてしまうとアーサーも察し、表情を暗くした。


「これは宝の地図じゃなくて、遺跡への地図だね。多分地形調査隊の人たちが作った簡易的な地図のメモだよ」

「……そうですか……」


 つまり、男がアーサーに握らせた地図とは、まだ製図にもなっていないメモの、走り書き程度の紙だったというである。


「ま、まぁこの類のミスは誰にでもあるよ? 君に限ってはその宝探しの冒険は初めてなんだし、一回失敗したら次に備えればいいんだから……」

「そうですね……そうですよね」


 明らかにアーサーは落ち込んでいた。

 本来、冒険者というのは冒険者同士の取引があった場合、一度ギルドの案内人(ナビゲーター)と会話をしなければならない。

 何故ならばトラブルに巻き込まれないというメリットもある上に、その取引内容が、ギルド内で抱えている依頼の可能性もあるかもしれないという点があるからだ。

 もし、ギルド内で扱われている依頼で取引と被っていた場合、契約不履行という形で違反金を支払う形になってしまう。


「颯爽と冒険に出る前にまず私に一言相談してくれればよかったのに……」

「はい。すいませんでした」


 しょんぼりとしているアーサーを見ていたエマは微笑む。

 そしてアーサーの額に軽くデコピンを一つお見舞いした。


「いっ……」

「こんな軽いデコピンくらい我慢しなさい」

「はい」

「でも、こんな辺境の地の周囲に遺跡があるなんて初耳だわ。探索のしがいがあるかな……」

「ざっと見る限り遺跡の入り口から奥へと続く道がありました」

「中に入ったの?」

「ほんの少しだけですよ! ほんの少し」


 ふーん? とエマは相槌を打つ。


「周辺にモンスターはいないっていってたよね?」

「はい。といってもいたのは『スライム』でしたけど」

「スライムね」


 スライム。この世界のどこにでもいるモンスターとも呼ばない存在。

 モンスターに属するわけでもなく、人間に危害を与えないという中立の存在から、スライムは無害とギルドは判定していた。

 メモ書き程度の地図でもなんでもない物にエマは文字をスラスラと書いていく。


「わかったわ。アーサー君。ありがとう」

「……はい」


 アーサーは徒労と終わった冒険に猛省していた。

 金にもならない仕事をした彼の胃は限界を超えて背と腹がくっつかんとしていた。

 しかし彼の手持ちには銅貨は一枚もない。いわゆる一文無しだ。


「……アーサー君ちょっと待ってて」

「……? はい」


 エマは彼をその場にいるように指示した後奥へと入っていく。

 アーサーはポーチの中に入っていた若干萎びたシロップの木の枝を取り出し口に入れた。

 飢えは癒えない。

 むしろ時間が経ち過ぎてシロップの枝の切り口は渋くなっていた。


「おまたせ。ごめんね?」

「いえ、こちらこそ大丈夫です」

「とりあえず報酬なんだけど、銅貨八十枚でいいかな?」

「……へ?」


 アーサーは目を丸くした。


 銅貨八十枚。

 昨日の支払った金額の四倍。


「なんで? 契約不履行で……」

「この件は今回こちらにはなかった案件だったの。隣町の情報を掴み、()()()()()()()()()()()()()()()()()()とギルドサブリーダーに問い合わせたら報酬を与えるように言われたのよ」


 エマは彼にウィンクをする。

 アーサーの努力は無駄ではなかった。という結末に彼は涙が溢れそうになる。


「エマさん……ありがとうございます!」

「いえいえ、えへへ……」

「本当に助かりました。大好きです」

「だ……!? ちょ……! ……もぅ」


 エマは諦めたようなため息をつく。

 何故ならばアーサーは袖で溢れでる涙を拭いていたからだった。


「はい! 泣き虫アーサーはさっさとこれを持って受付に行くこと!」

「泣き虫じゃないです!」

「いいや、泣き虫だよ。どーせ怒られてお金一枚も貰えないって思ってたでしょ?」

「うぐ……」

「だけど次から冒険者との取引があった場合は一言私に言うこと。言わなかったら報酬没収しますからね?」

「は、はひぃ」

「はいでしょ?」

「はい! ありがとうございました!」


 アーサーはお礼を一言言った後、受付へと走っていく。


「……大好きか……」


 エマは少年の背中をずっと見ていた。


「冒険者になりたいんです」


 と彼がいったのはいつだっただろう。

 まだあの時はエマがギルドの案内人となって二年目、彼が十四歳の時だった。


「……保護欲……なのかな」


 それとも……とエマはもしかしての感情を考えたが、すぐに頭を振りその可能性を拭い捨てた。


「さぁ、今日も仕事だー……がんばろっと……ん?」


 エマは背伸びをしながら踵を返すと、窓からチラリと見えた物に釘付けになる。


「……飛空挺だ」


 この辺境の地に、銀色に光る一隻の飛空挺が降り立った。

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