その日々は公園の匂いがした
高嶋唯と言う一人の少女がいる。
彼女にとって夏は全ての始まりの季節でもあり、全ての終わりを告げる季節でもあった。
少女がまるで、打ち付けられた花瓶のように、壊れて、砕けてしまう。
これはそんな、とある暑い夏の過ちと惨劇のお話。
♪ ♪ ♪
高嶋唯はその日、白昼の公園で空を見上げていた。
燦々(さんさん)と照り付ける太陽の側に入道雲を認めてはその白さに眩しそうに目を細めた。
今は夏休みの最中で小学校は暫く休み。だと言うのに両親は唯を放って何やら忙しくしていた。
父親は仕事が上手く行かず、母親は身内に不幸があったと聞いてはいる。
だから高嶋唯は誰に構われもせず、一人で公園でぼうっと立ち尽くすしか無かったのだ。
「……あ、あのっ!」
そこに一人の少年がやって来た。
最初は他の誰かに声を掛けているのかと思っていたのだが、どうやら自分に用があるらしい。
「……何?」
「何を見てるの?」
少年はいきなりそう尋ねた。
唯は無視しようと思ったのだが、思い留まる。
少年が見覚えの無い顔だったからだ。
ここは田舎気味で、小学校の数も少ない。違う学区からこの公園に来るには時間が相当掛かる。
少なくともクラスの男子では無いだろうし話す分には何も不都合は無いと判断してゆっくりと息を吐く。
「空。だってきれいじゃない」
「空? ……あっ! 大きい雲だ! 本当にきれいだね!!」
少年はクリクリと目を輝かせながら同じように空を見上げながら言った。
大きな声で、やけに耳に響くけれど不思議と悪い気分にはならなかった。
それはきっと少年が無邪気に笑っていたからだろう。
小学生にしては大人びてしまった唯には既に出来ない芸当だったのだ。
それが少し羨ましくもあり、同時に陽光に煌めく入道雲のように輝いて見えた。
「あ、そういえば名前言ってなかった!僕は杉原清人。よろしくね!」
「……高嶋唯。よろしく」
これが高嶋唯と杉原清人の出会いだった。
そして……悲劇の幕開けの瞬間もまたその時だった。
♪ ♪ ♪
杉原清人は最近こちらに引っ越して来たばかりであるらしく、唯とは家も近かった。
そのせいで夏休み明けに同じ通学団で毎日顔を合わせることとなった。
唯としては親に構ってもらえないから公園でぼうっとしていたところを話しかけられた為、顔を合わせ難くて堪らない。
クラスの男子では無いと思って色々と話をしたのが実は大失敗だったと言う訳だ。
だが、唯が素っ気なく、ぞんざいに扱っても杉原清人は笑って隣を歩いてみせた。
あの日見せた純粋な笑みで。
目を輝かせながら、外ハネのある髪をそのままにしていつも唯に笑顔を向ける杉原清人を唯は鬱陶しく思っていた。
しかし同時に動物もののテレビに出る『飼い主にベタベタする犬』のようにも見えて愛着を感じる事も無いでは無かった。
「唯!」
「……何?」
「一緒に遊ぼう!!」
一年目の夏は心地良い風が吹き抜けていて、甘酸っぱく……どこか青臭い、公園の匂いがした。