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「もふもふザメ」と「トゲトゲシャチ」の現代学園恋愛は

作者: ななぽよん

 私立水生学園。今日も様々な生徒が登校する。


「おはよー。昨日のホタルイカ様のライブ観たー?」

「観た観たー! ちょう輝いてたよね!」


 セーラー服を着たクラゲたちがポヨポヨと並んで校門をくぐる。

 みんな楽しそう。だけど僕は憂鬱だ。

 教室に入り椅子に座る。


「はーあ」


 僕はトゲトゲシャチ。シャチなのに体に棘生えている。

 触れるものみな傷つける。だからみんな僕には近づかない。

 だから僕に友達はいない。


「ねえねえ聞いたか!? 今日転入生が来るんだってよ!」

「へー。可愛い子だといいな」


 タコ先生が、触手でニュルリと扉を開けて入ってきた。


「えーみんな静かに。今日から新しい生徒がクラスに入ります。入って」


 ちらりと隙間から毛が見えた。

 毛?

 動物だろうか。

 その姿はみんなの予想を裏切った。


「自己紹介を」

「はじめまして。私サメです。毛深いですけど……みなさんよろしくおねがいします」


 シーン。みんな反応に困っている。

 僕の前の席の、お調子者のラッコくんが石を貝に叩きつけた。

 それに釣られてみんなも手を叩く。手があるものは。

 手がないものは机を叩いて歓迎した。


「それじゃあ、シャチくんの隣に座って」

「はい」


 もふもふザメちゃんはきょろきょろと教室を見回した。

 異形の僕をシャチと見ていないようだ。


「ここだよここー。このトゲ生えてるのがシャチ!」


 ラッコくんが僕を肉球で指差す。


「よろしくね、トゲトゲシャチくん」

「よ、よろしく……」


 授業が始まった。もふもふザメちゃんは急な転校で教科書を持っていないようだ。

 僕は教科書を差し出した。


「これ、使っていいよ」

「ふふふ。私が使ったらトゲトゲシャチくんが読めないでしょ。隣で見せて」

「え、でも……。僕の体はトゲトゲだから、君の綺麗な体を傷つけてしまうよ」

「平気よ。私、毛深いもの」


 もふもふザメちゃんは机を僕に寄せた。

 ああ、女の子って良い香りがする。僕は不埒なやつだ。もふもふザメちゃんの磯の香りに興奮してしまっている。


「どうしたの?」

「あの、もふもふザメちゃんって良い香りがするね」


 やってしまった。思わず口にしてしまった。僕は後悔する。クレバスがあったら入りたい。


「そう? 私、毛が長いから香りが長く付いているのかもね」

「それじゃあ、海の方から来たんだ」

「うん。海浜学校よ」


 海浜学校。僕でも知っているお嬢様学校だ。


「へえ。君はお嬢様なんだね」

「うふふ。そう? 普通よ」


 もふもふザメちゃんは笑う時に胸鰭むなびれで口を隠す。僕たちとは育ちが違うのがわかる。


「おーいそこー! おしゃべりは後にしろー」

「はい。ごめんなさい先生」


 休み時間になると、みんながもふもふザメちゃんに集まった。

 最初はその姿に驚いたけど、もふもふザメちゃんはすぐにクラスの人気者になった。

 僕は話すことができなくて寂しい。

 ちらりと横目でもふもふザメちゃんの瞳を覗き見た。丸い瞳がかわいい。

 ふと目が合った。

 するともふもふザメちゃんはにこりと僕に微笑んだ。

 心臓がドキリと弾む。

 ああ僕は、恋をしてしまったのかもしれない。


 お昼休みになった。


「ねえ、トゲトゲシャチくん。校内を案内してくれるかしら」

「僕が? いいけど」

「エスコートお願いね」


 もふもふザメちゃんがひれを差し出した。僕はドキドキしながらひれを重ねた。

 ラッコくんが貝を叩いて冷やかしてくる。


「どこに行きたい?」

「私お弁当を持ってきていないの」

「それなら食堂だね」


 食堂は混雑するから普段は近づかない。僕の体は危ないから。


「ほら、食堂はこの先だよ」

「どうしたの止まって。一緒に行きましょうよ」

「ほら僕は、こんな体だから……」


 僕は自分の体を見た。恨めしいほど棘が生えている。

 昔、少しだけ自分で抜いたことがある。血が出て痛かった。そしてすぐに生えてきて諦めた。


「混んでいてもみんなが避けてくれそうね」

「そうかな。そうだといいんだけど」


 僕はもふもふザメちゃんを連れていく。「痛ってえ!」とか「危ねえ!」とか声を掛けられる。辛い。


「みなさま、通してくださるかしら」


 凛と通る声でもふもふザメちゃんが呼びかけた。するとモーゼが海を割るかのように、すすっと前が開いた。


「ありがとうございます」


 もふもふザメちゃんがにっこりと一礼をして、僕のひれを掴んで開いた魚波さかなみの中を進んだ。

 僕は情けない。何もできなかった。

 僕は注文したカモメうどんの前で突っ伏した。


「どうしたの?」

「僕は僕の棘が憎い。こんなもの何も役に立たない。全部抜いてしまいたい」

「そう? 私はかっこいいと思うわよ」


 僕はお世辞に憤慨する。


「君には棘が生えてないからわからないんだ」

「私にも毛が生えていますわ」

「棘と毛は違う!」


 喧嘩したいつもりじゃないのに。口に出してしまった。

 僕はきっと彼女の悲しい目を忘れることはだろう。


「ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ……」

「もういい放っといてくれ!」


 僕は馬鹿だ。大馬鹿者だ。

 もふもふザメちゃんは一人で先に教室に戻ってしまった。僕はチャイムが鳴るまで食堂にいた。


「聞いたぜ。もふもふザメちゃんと喧嘩したってな?」


 僕が席に座ると、ラッコくんが体を反らして顔を向けた。


「どこでそれを?」

「本鮫から」


 教室に入ったときから気になっていた。もふもふザメちゃんの姿が見えない。


「いないぜ。もふもふザメちゃんは体が弱いらしくてな。体調を崩して今日はもう家に帰ったぞ」

「え!?」


 僕のせいだ。僕が怒鳴ったりしたから。


「いいや。改めてごめんなさいと伝えてと言ってたぜ。トゲトゲシャチくんのせいじゃないってさ。お前何をしたんだよ」

「何も……」

「何もってことはねーだろ。棘か? 棘で刺したのか?」

「刺してない! このハゲが!」


 僕はドンと机を叩いた。

 ラッコくんはぽりぽりと頭を掻いた。


「そうイライラすんなよトゲトゲよー。ここにいるのは訳ありなんだからよー」

「ごめん。僕は酷い事を……」

「俺はいいからさ。もっと謝るべき相手がいるだろ?」


 ラッコくんが僕に油性ペンで書かれた小さい布を差し出した。

 もふもふザメちゃんのLAINアカウントが書かれていた。


「六時から短い間だけ話せるってさ。忘れるなよ。ったく、なんで俺っちがこんな事を……」

「ありがとう! ラッコくん!」


 僕はラッコくんを抱きしめようとした。


「馬鹿やめろ! 棘が刺さる! 俺は毛がねえんだからよ!」


 ラッコくんは僕を叩こうとして、やめた。手が血だらけになるからだ。



 放課後、僕は猛ダッシュで家に帰った。

 ラッコくんの伝言だと、もふもふザメちゃんは須萬スマホを短い時間しか使えないようだ。


「ただいまー!」


 僕は部屋に入り、急いでアカウントを登録。

 僕は通話を発信した。


「もしもし! あの、僕、シャチ!」

「こんばんは。サメだよ。今日はごめんなさい」

「いや、謝るのは僕だ。ごめん。その、酷いこと言って……」

「んーん。私は平気よ」


 平気なはずがない。だって彼女はサメなのに毛が生えているのだから。

 異形が普通に暮らせないのは、僕だって知っているはずなのに。


「あの、体は大丈夫? 明日も会えるかな」

「うん。もう平気よ。今なら立って走れるわ」

「え!? ほんと!?」

「ふふっ。冗談よ。もー、トゲトゲシャチくんたら」

「あはは。冗談とか言うんだね」

「面白くなかった?」

「いいや、面白かった」


 二人で笑った。ずっと話していたかった。


「ごめんね、そろそろ時間だから」

「どうしたの?」

「私、電気とか苦手だから。少ししか須萬スマホ使えないの。ごめんね。」

「あ、サメだから」

「そう、サメだから」


 異形でもそういう所は生身と同じだ。現代社会ではもう必要無くても、必要な器官も不要な器官も残っている。


「それじゃあ、また明日よろしくね」

「うん。また明日」


 僕が学校を楽しみに眠るのは、今日が初めてだった。


この物語はフィクションです。シャチに嗅覚はないそうです。

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