プロローグ
人気のカードゲーム『マルチバース・カードゲーム』、通称MCGの地区予選大会に出場したところまでは良かった。もちろん勝つつもりでいたし、五試合勝てば優勝で全国大会が決まっていた。
一回戦は思っていたよりも簡単に勝ててしまい、地方の予選なんて所詮その程度かなんて思っていると二回戦で敗北者となってしまった。
結果、その日の大半を外野から見ていることしかできなかったのが僕――篠崎隼人だ。
優勝したのは植物族主体のパーミッション――つまり、相手の行動を妨害することに長けたデッキを使っていた女の子だった。
しかしその娘は全国大会出場を辞退し、二位だった大学生風の青年が全国大会に出ることとなった。
迎えた朝は、前日の事があってあまり気分がいいとは言えなかった。
いつものように身支度をして、いつものようにデッキを鞄にぶち込んで学校へ向かう。
うちの学校はカードの持ち込みが許されているかと言われれば、本来は禁止されている。しかし見て見ぬふりする先生や、他の先生に見つかる前に仕舞えと言うだけの先生が大半で、その校則も半ば形骸化している。
普通に没収してくる先生もいれば説教してくる先生がいるのもまた事実だが。
僕はいつも通りホームルームが始まる二十分前に教室に入る。
真面目なわけじゃない。単純に交通機関の都合で、これより早ければ早すぎて、これより遅ければぎりぎり遅刻になるというだけの話だ。
「篠崎篠崎、昨日どうだったよ」
そう言って話しかけてきたのは同じMCGプレイヤーであり悪友の広瀬和樹。
「昨日? ああ、昨日? ふっ、ベスト十六」
「おお、ベスト十六か。……、二回戦で負けてね? は、雑魚かよ」
どや顔で言ってやったが鼻で笑われた。
「そういや転校生くるらしいぞ。なんか、廊下で話してる奴いたわ」
「転校生? わざわざこの学校にか?」
「うちの奴らが噂してんだからそうなんじゃねえの? MCGやってる奴がいいなあ。ついでに女子だったらなお良い」
女性のMCGプレイヤーから最初連想したのは、昨日の大会で優勝した女の子の事だ。何で全国出なかったんだろう。
「なんやその顔、なんやなんや」
「昨日優勝した奴、女の子だったなって」
「まじかまじか、どんなデッキ? なんのデッキ?」
女の子のMCGプレイヤーという事からか、やけに食いついてきた。
「植物パーミとかいうクソみたいなデッキ」
「いや、クソとか言うなよ。女の子のデッキだぞ」
「男でも女でもクソな物はクソだろ。メタがん積みのロックパーミとかクソだよクソ。クソクソクソ」
どういうデッキかわかりやすく言うと、相手の行動を制限した状態で相手の行動を妨害する、対戦した時非常にストレスのかかるデッキだ。
「あー、そりゃクソだわ」
「ほらクソじゃねえか」
「ほんとだ、クソだった」
「まあ、大会らしいと言えばそうなんだけどさ」
こんな調子でいつものようにMCGの話で盛り上がり、ホームルームを迎える。
広瀬の言うように転校生とやらが来るのなら、俺だってそいつがMCGプレイヤーだった方が嬉しい。
担任は入ってくるなり、「転校生を紹介する」と言い出し、廊下へ向かって手招きする。
「一人目は西村弥生さんだ。自己紹介」
「はい。はじめまして、西村弥生といいます。えっと……、これからよろしくお願いします」
一人目、という事はあともう一人はいるらしい。
西村弥生と名乗った彼女は、端正な顔立ちと儚く落ち着いた雰囲気から、とてもじゃないがカードゲーマーに思えず、あまり興味はなかった。
「二人目は細峰皐月さんだ。自己紹介」
「はじめまして、細峰皐月です……って、名乗らなくても知ってるよね、君は」
大きく欠伸をしていると、クラス中の視線が僕へ向いている気がして、何かと思うと、二人目に入ってきた女の子が僕を指さし笑っていた。
「おお、なんだなんだ、篠崎知り合いか」
知り合いでもなんでもない。昨日、彼女が優勝するところを見ていただけの観客の一人にすぎない。
「じゃあ、どっかその辺りの空いてる席に真ん中空けて座ってくれ」
僕の通う学校の教室は、どちらかというと大学のような構造で、長机が並び、それぞれ前後に可動する椅子が三つ備えられている。自分の机というより自分の座席だ。
僕の隣の列、椅子で言うと、二列隣は一番前に一人座っているだけで、それより後ろにいる僕らのような学生は、三人用の机を一人で使っている状態だった。
「ということで、席替えは無し。仲良くしろよ」
「じゃ、そう言うことだからよろしくね、十六位君」
彼女たちの周りにはクラスメイトが張り付いていて、今朝以外で言葉を交わしたのは休み時間に一度「放課後教室で待ってて」と言われただけだ。
僕はいつものように広瀬とMCGの話をして過ごしていた。
そうして放課後を迎えたわけだが、待ってろと言った当の本人たちがどこかへ行ってしまった。
待ってろと言われなくてもどうせ広瀬とMCGをやるために教室に残っているのはいつものことだけど。
「二人とも可愛いじゃん。デッキはクソでも」
「お前、今日それ何回目だよ。聞き飽きた」
MCGは初期手札が五枚、手元という公開情報の手札が十枚、お互いゲーム開始前にモンスター一体を裏側でセットしておき、開始と同時にオープンする。
手札が十五枚もあり、盤面にはモンスター一体が存在すると言うこともあって、わかりやすくソリティア、つまり、ひたすらコンボを続け、デッキを動かし続けることに特化したカードゲームだ。
「先攻はお前でいいや」
「調子乗んな二回戦」
調子乗んななんて言っておきながら広瀬は先攻一ターン目を持っていく。
広瀬がオープンしたモンスターは『天空騎士ディコイ』、僕がオープンしたのは『フラムビースト・ドッグ』だ。
――1ターン目、先攻、広瀬和樹
「俺のターン、とりあえず天空よりの援軍発動。手札のウィンド切ってデッキからウイングス、クラウド。ウインド効果、デッキからフェザー墓地送る。クラウド効果手札のクラウド捨ててデッキから天空騎士の長槍、天空騎士の大剣手札に加える。手元からスキップ発動、一ターン経過。魔法転移召喚、二ターン目以降HP30以上、『天空騎士部隊長ウイングス』。ウイングス効果、墓地、手札から『天空騎士フェザー』召喚。フィールドカード『天空』発動。エンド」
――2ターン目、広瀬和樹
ライフ2000
手札3枚、手元9枚
墓地5枚
フィールド、《天空騎士部隊長ウイングス》1体、《天空騎士フェザー》2体、フィールドカード《天空》
広瀬のデッキ、【天空騎士】はそれ程強いデッキではない。光属性戦士族主体のデッキで、初心者向けと言えばそうだが、各々の効果は大したものがなく、今の環境――一般に使われているデッキと比べればかなり弱い。
「僕のターンで、『フラムビースト・ハウンド』通常。『フラムビースト・ハウンド』効果、手元のフェニックス切って、ハウンドの攻撃力+50、フェニックス効果でドッグ攻撃力+150と攻撃回数一回追加。フィールドカード『フラムビーストの火山地帯』発動。火山地帯効果、デッキからスフィンクス墓地送ってフェザーに90ダメージ、スフィンクス効果、ドッグ、ハウンド攻撃力+200、ドッグ効果、デッキトップ墓地送って攻撃力+50、エレファント効果、ドッグ、ハウンド攻撃力+40、魔法カード『連撃のフラムビースト』発動、ドッグ対象、手元のレオと手札のハウンド切って、墓地のエレファント、フェニックス封印、攻撃力+80と攻撃回数一回追加。で、レオ、ハウンド効果ドッグ攻撃力+100。これで、えっと、ドッグが攻撃力+620の三回攻撃、ハウンドが+290、かな。ああ、連撃足りない。バトルフェイズ。ハウンドウイングス攻撃、ドッグフェザー攻撃、あと、ドッグプレイヤー二回ダイレクト。エンド」
――3ターン目、後攻、篠崎隼人
ライフ2000
手札1枚、手元9枚
墓地4枚、封印2枚
フィールド、《フラムビースト・ドッグ》1体、《フラムビースト・ハウンド》1体、フィールドカード《フラムビーストの火山地帯》
――広瀬和樹
ライフ640
墓地9枚
フィールド、なし
このゲームは戦闘破壊によって相手モンスターを破壊しなければプレイヤーを攻撃できない。というのも、効果除去によって相手モンスターが存在佐なくなった場合、そのターンは強制終了し、相手は召喚可能なモンスター一体を召喚しなければならないからだ。
しかし、戦闘破壊によってモンスターが存在しなくなった場合はそのままバトルフェイズを続行できる。
「お前も大概クソだからな。俺のターン、ドロー。フェザー召喚」
この時召喚出来るモンスターが存在しなかった場合、敗北となる。
「いや、僕は普通だよ、普通過ぎるくらいに普通だよ。広瀬に問題あるよこれは」
「はあぁ? ランギットさん馬鹿にすんなよ。イケメンやろがい」
ランギットというのは『天空騎士団長ランギット』の事だ。つまり、カードだ。
「いや、知らんし」
「『天空騎士プルーム』通常、効果、20ダメ受けろ」
「どうでもいい、本当、どうでもいい」
「おいおい、ちょーしのんなよ。二回戦、調子乗んなよ。『天空騎士の招集』墓地のフェザー封印、デッキからランギットさん持ってくるからな。招集効果、ウィンドと招集封印して魔法転移召喚回数一回増やす。魔法転移召喚、3ターン目以降、HP50以上、『天空騎士団長ランギット』。ランギット効果、デッキから『天空騎士ウォルク』召喚。ウォルク効果、デッキからウイングス手札に加えて魔法転移召喚、2ターン目以降、HP30以上で『天空騎士部隊長ウイングス』。ウイングス効果、墓地からフェザー二体召喚。ランギットに長槍、大剣、弓矢装備、ランギット効果で攻撃力+60、長槍効果で+10、大剣効果で+50、弓矢効果で+20で+140の二回攻撃。クラウドいなくね? 俺の負けじゃね? まあいいか、バトルフェイズ。フェザー二体でドッグとハウンド攻撃、ランギットさんプレイヤーダイレクト、で長槍効果、攻撃力+200でもう一回攻撃、で後は、ウイングスウォルクでダイレクト。なあ、お前のライフ半分でもいいか?」
――4ターン目、篠崎隼人
ライフ1130
墓地6枚、封印2枚
フィールド、フィールドカード《フラムビーストの火山地帯》
――広瀬和樹
手札1枚、手元5枚
墓地5枚、封印3枚
フィールド、《天空騎士団長ランギット》1体、《天空騎士ウォルク》1体、《天空騎士部隊長ウイングス》1体、《天空騎士フェザー》2体、装備カード《天空騎士の長槍》1枚、《天空騎士の大剣》1枚、《天空騎士の弓矢》1枚
広瀬が突然意味不明なことを言い出す。
例え半分だったとしても、僕のライフはランギットの攻撃一回は耐えれるくらい残っているので意味は殆どないと思う。
「僕のターン、『フラムビースト・レオ』召喚。魔法転移召喚、5ターン目以降、フラムビーストと名の付くHP100以上、『フラムビースト・グリフォン』。グリフォン効果、デッキボトムから3枚墓地に送って攻撃力+150、スネークスネーク効果で+40。火山地帯効果でエルフェニックス墓地送ってウォルクに90ダメージ、エルフェニックス効果で攻撃力+80、エレファント通常、エレファント効果エレファント対象で火山地帯墓地送って攻撃+80、火山地帯はって効果、エルフェニックス墓地送ってフェザーに90ダメージ、エルフェニックス効果で攻撃+80でバトルフェイズ、グリフォンでランギット攻撃、エレファントウイングス攻撃。エンド」
――5ターン目、広瀬和樹
手札1枚、手元5枚
墓地13枚、封印3枚
フィールド、なし
――篠崎隼人
手札1枚、手元6枚
墓地13枚、封印2枚
フィールド、《フラムビースト・グリフォン》1体、《フラムビースト・エレファント》1体、《フラムビースト・レオ》1体、フィールドカード《フラムビーストの火山地帯》
相手の展開によるけど、おそらく次のターンで決めれるだろう。
「俺のターン、で、エルフェニックス効果受けてると。は、クソだろ」
『フラムビースト・神鳳鳥エルフェニックス』はフラムビーストの効果で墓地へ送られた場合、自分フィールド上のフラムビーストモンスターは攻撃力+80と次の自分のターンの終了時まで相手の魔法カードの効果を受けないを与える。
フラムビーストは手軽に高火力を出せる。ランギットやウイングスのような低コスト魔法転移召喚モンスターくらい一撃で消し飛ばせる。
「俺のターンウインド召喚、ドロー。『天空よりの援軍』発動、ディコイ切ってランギットクラウドサーチ。魔法転移召喚、3ターン目以降HP50以上で『天空騎士団長ランギット』、効果。デッキからウォルク、ウォルク効果、プルームサーチ。クラウド効果で大剣弓矢。ランギットに大剣弓矢装備でプルーム通常効果で20ダメ。えーっとランギットが攻撃+110でバトルフェイズ。ランギットでグリフォン攻撃、でランギット効果で墓地の大剣装備、もっかい攻撃で墓地から長槍装備。うりゃあ吹き飛べぇい。よーし大剣効果大剣効果で、プレイヤーに200ダメージ。プルームウォルクでエレファント攻撃、エンドっ」
――6ターン目、篠崎隼人
墓地14枚、封印2枚
フィールド、《フラムビースト・レオ》1体、《フラムビースト・エレファント》1体、フィールドカード《フラムビーストの火山地帯》
――広瀬和樹
手札1枚、手元3枚
墓地15枚、封印3枚
フィールド、《天空騎士団長ランギット》1体、《天空騎士ウォルク》1体、《天空騎士プルーム》1体、装備カード《天空騎士の大剣》2枚、《天空騎士の弓矢》1枚、《天空騎士の長槍》1枚
殴られたからと言って必ず破壊されるわけでもない。
普通に『天空騎士の弓矢』か『天空騎士の大剣』をプルームかウォルクに装備すればよかったのでは、なんて思うけど。
プレイミスというよりは、やりたかったのだろう。
「僕のターン……、あ。フェニックス引いた」
「あ、そっすかそっすか、あざっした」
「魔法転移召喚、5ターン目以降、フラムビーストと名の付くHP100以上。『フラムビースト・フェニックス』。効果、もうなんか適当に十枚戻すね」
僕は墓地にあるフラムビーストと書かれたモンスターを適当に十枚選び、デッキに戻す。
「攻撃力+300火山地帯効果、グリフォン墓地送ってプルームに90ダメージ、グリフォン効果でドッグサーチ。ドッグ通常。フェニックス効果、デッキからフェニックス墓地送って攻撃力+100、フェニックス効果で+150と追加攻撃。ドッグ効果で攻撃力+50、レオ効果でドッグ攻撃力+50」
「は、過剰火力過ぎてクソなんだけど。ランギットさん二体分超えとるやんけ。クソ野郎だろ」
広瀬の語彙力が崩壊しているけが、カードゲーマー、というか、ゲーマーにはよくあることなので気にすることもない。
「オーバーキルの時間ですよ、ドッグでウォルク攻撃、フェニックスでランギット攻撃。で、フェニックスでプレイヤーに止めと」
「は、クソ野郎だ、ただのクソ野郎やん、けっ」
「どーもー、クソ野郎でーす」
「調子乗んな二回戦」
――7ターン目、広瀬和樹
ライフ0
墓地22枚、封印3枚
フィールド、なし
クソクソ言い合っているけど喧嘩しているわけじゃない。これが僕たちの日常だ。
バトルして、互いにクソクソ言い合う、僕たちはこんな下らないことが楽しくて仕方ないのだ。
たまに、本気でクソだと思う事もあるけれど、翌日にはそんなことすっかり忘れている。
人によってはスポーツが、恋愛が青春だろうけど、僕らにとってはこれが青春の形なんだろう。