11-12,奴隷が正義を語る姿は滑稽で
「俺がもしすでに死んでいるとしたら、お前は恐いか?」
その質問よりも私の手首を突然握りしめた彼の手のほうが何倍も恐ろしかった。だって私は彼のその手を振りほどくわけにはいかないのだ。
「死んだのはあなた様の妹様であると、今お話しされていたばかりではありませんか」
「俺も死んでるんだよ」
私の手首をつかんでいる手とは反対の手で、彼は私の側頭部を抑え、そのまままるで抱きしめるかのように私の頭を自らの胸に寄せた。私の耳が彼の心臓のこんなに近くに。呼吸を止めていくら待てど彼の心臓が体に血液を送る様子が聞こえない。息苦しいと焦る私の心臓が早く動こうと風が私たちの髪を揺らそうと、彼の胸からは何も聞こえない。もしかしたら、彼の皮と肉の奥には何もないただの空間が広がっているのかもしれない。
私が侮蔑と驚愕と恐怖の瞳で彼を見つめた時、すでに彼の両腕には全く力が入っておらず、ただ私に触れているだけだった。
彼は落ち着いた声で言う。
「俺はお前に危害は加えない。約束する」
「あなたはあのまま飢餓で死んでしまったのですか?」
彼はゆっくりと首を横に振る。
「いいや、俺は妹を呪縛から解放することを目的にその男が俺に与えた使命を果たす決心をしたんだ。水を飲み、林檎をかじった。この世界の全てを失おうとあいつを見捨てることは出来ない」
「では、どうしてあなたの心臓は」
彼は口を閉じた。何も答えたくない、あるいは答えられないと言うことだろう。私は飛び上がるように彼から距離をとると深く頭を下げて謝ってみせた。
あの、死体を消したスキットルのような入れ物、彼はあれを取り出すと地面に置いた。彼は殺人を犯した後に男からこれを受け取り金貨を払っていた。
「俺は死んだ。使命に爪痕すら残せずに死んだんだ。でもそれじゃああいつの魂は天に昇ることなく孤独に永遠をこの世で過ごさなくてはいけなくなる。妹を救うには俺が使命を果たすしかないんだ」
情熱により自らは死者のまま蘇ったとでも言いたいのだろうか。ご都合主義にもほどがある。そんな話、つまらない。くだらない。
彼は地面に置いた容器を指で撫でた。
「この中には俺の殺した人間達の魂が閉じ込められている。さっきのマントの男を覚えているだろう、お前も。あいつは地位も名誉も金も失った没落貴族だ。あいつは俺に契約を持ち掛けてきた。死者の魂を喰うことで、死んだ肉体に嘘をつくことが出来る。屍が「まだ自分は生きている」と勘違いをすることが出来てまるで生者のように活動をすることができる、と。あの貴族を没落へと追いこんだ政治家や貴族や医者や銀行家達の殺害を実行したら、その魂を吸い取る道具を貸すと言ってきたんだ。結局暗殺対象の紹介料とか言って高額とられるはめにいつの間にやらなっていたけどな」
質問したいことは山ほどあった。妹の魂がこの世に縛り付けられたなど、嘘なのである可能性はないのか。あのマントの男は、アルマの死体に向かって契約を持ち掛けたというのか。なぜ死者の体を動かす方法をその没落貴族が知っていて道具まで持っていたのか。あんな高額な金貨をアルマはどうやって手に入れたのだろう。魂一人分でどれだけの時間、肉体を騙すことができるのか。今回のように道具を盗み逃亡することをどうして今まで決行してこなかったのか。そして何より、あなたはこれからもその使命を果たすために人を殺し続けるのか。
でも私は何も聞けなかった。上空はいつの間にやら分厚い雲に覆われていたからだ。
「嵐になる前に街についたほうがいい」
そういってアルマは立ち上がった。「話の続きはまた後で」と彼が言い終わる前に私は立ちあがっていた。




