11-11,奴隷が正義を語る姿は滑稽で
そこそこは長い道のりを余裕たっぷりと歩いて来たというのに、彼は腰を下ろして話をしている今息を切らせて汗をかいている。瞳や息が繊細に揺れるその様子を私を一瞬も逃さないように観察した。美しく強い彼のその様子は奴隷の私を酷く興奮させた。滑稽で間抜けでとても素敵だ。唾液と胃液によってとろけたメロンは美しく尊い。
私はケーキを目の前にして「いただきます」が待ちきれない子どものように体をそわそわさせ、しかし心配を表情に焼きつけて、彼の裾を遠慮がちに爪先だけでそっと掴んだ。そして怯えるかのようにすぐに離した。私の催促は成功し彼は話を続ける。
「その男は意識が朦朧としている俺に言ったんだ。自分が亡き者と心を通わすことが出来ると。妹が俺のすぐそばに座っていると。俺はその男に、あなたは魔法使いですかと尋ねた。彼が違うと答えたから、俺は出て行けと、放っておいてくれと叫んだ。最愛の妹を嘘に使われるなんて我慢できるはずがない」
「ええ、そうでしょうね」
あなた様から妹様への愛は醜い程に強いようでございますから。妹様が羨ましくてたまらない私は彼女のその御顔が醜かったという現実を願うばかりでございます。
「しかしその男は少しも表情を変えなかった。それどころか嘲笑いを浮かべていて腹がたったさ。その男はこう言ったんだ」
彼は私に顔を近づけた。私はそれを素で恥ずかしく思ってしまったことが恥ずかしかった。どれだけの男の前で足を開いて目を潤ませてきたというのだろう。自分が純粋で心臓や脳みそが未熟であると勘違いをしてはいけない。己への認識が足りていない人間ほど恰好の悪い者がいるだろうか。あ、私人間じゃなかった。
彼の髪が長く艶があるからだろうか。とても色っぽい。
「人間の力を超えた人間と言う枠組みを捨てる権利を得ている人間もいるんだよ」
彼の顔が遠ざかるのを俯きながら上目遣いで確認して、息を飲んだ。
私は尋ねた。
「背が高くて前髪の長い方ではございませんでしたか? すごく痩せている方。あと表情がといえばいいのか感情がといえばいいのか、とにかく不安定な方ではありませんでしたか?」
「いいや、お前が思い浮かべている奴とは違う。白髪頭の皺だらけの老人だった。背が小さくて不自然なまでに姿勢の良い爺さんだった」
私は肩を震わせ、話の続きを促した。
「その男は俺に使命を持ってきたというんだ。だから死なれては困ると。わけがわからない、頭のおかしいことを言っていると思った。俺はあいつのいない世界を生きていくつもりは微塵もないと答えた」
「そうしたら?」
「妹は俺が死ぬことをほんの少しも望んておらず、俺の横で泣き叫んでいると言うんだ。俺はその言葉を全く信じていなかったけれど泣き虫なあいつが俺のために悲しむなんて容易に想像が出来て、彼の話を聞かずにはいられなかった」
風が吹いた。彼が弄っていた砂が吹き飛んで行く。
「使命を果たせるように君の妹の魂を現世に括り付けておこう。君が使命を果たさずに死亡したら、妹の魂は永遠に神の元へ帰ることはなく一人ぼっちで現世をさまよい続ける」
「その方がそうおっしゃったのですか?」
アルマは虚ろな目をして頷いた。




