11-8,奴隷が正義を語る姿は滑稽で
初対面のはずのアルマ、彼が私の名前を知っていた理由を語ったのはそれから30分程経ち木陰を見つけた時だった。
遠くからそれを見つけた時には大きくて立派な木だと思っていたが、太い幹は水分が通っておらず砂の様に乾燥しておりスカスカだった。痩せ細った枝に葉は一枚も揺れていない。土を抉っていた根が浮き出て骸と化した大樹だ。
「一度休もう。もうじき港町だけれど一悶着ありそうだ」
そう言って彼は私に腰を下ろすように促した。元より体力が無く栄養失調であろう私はすぐさま倒れ込んでしまいたいほど疲れていたが、人間様より先に地面に尻を付き印象を悪くすることは避けたい。私は彼が私の表情を伺ってから腰を下ろしたのを確認し地面に座った。私も彼も影の薄いところに座っている。一番日の光を防げる場所にはぽっかりと空間が開いている。その様子が私の心を軽くし気持ちを良くさせた。
彼はあの私が持ちだした荷物袋の中から水筒を取り出すと私に無言で差し出した。水筒なんて私は荷物の中に入れなかった。ワインボトルを片付け代わりに彼が自ら入れたのだろう。町を出ることを覚悟して。
私は首を横に振った。喉から手が出るほど、それが欲しかった。甘味の存在を知ってしまった赤子のようだ。
「いけませんわ。それを頂くような身分ではございませんから」
「レングロにつけば水なんていくらでも手に入る。水分補給をしておいて損はない。もう少しで着くとは言ったがあと一時間はかかる」
「わかりました。ありがたく頂戴いたします。けれどアルマ様が先にお飲みくださいませ」
この後に「私の口は穢れております故」と付け加えるか迷ったが、彼が望まないことを知っていたため続けなかった。自らを卑下した結果私が先に飲むことを強要されても困るのだ。口の中はこの大樹のように渇ききっているけれど。
「わかったよ」
彼は諦めたかのように水筒に口をつけた。そう、それでいいのだ。自己抑制、印象操作、夢に目を閉じて現実を見なくては。
アルマから受け取った水筒の口を拭い自らの唇に押し当てた時、彼は私が知りたかったことを話し始めた。水を口に含みながら人間様の話を聞く奴隷など死んだ方が良い。丁度良かった。こうやって彼が水筒から口を話すタイミングをくれなければ、私はこの容器にはいった全ての中身を飲み干してしまっていたかもしれない。
「俺はお前があの小さな町に辿り着くことを知っていたんだ。だから俺は故郷も家族も捨ててあの町に移り住み、お前が来る日を待っていた」
気持ちが悪い。いや、この人間様の悪口を言っているわけではない。自分の運命が生臭い液体を垂らして道を作っている。私の未来は常に誰かの予測の上を進み、私の知らない私の未来を知る人物が見事に待ち伏せを成功させたのだ。嘔吐してしまいそうだ。私の運命なんて吐瀉物にまみれたらもうどこに行ったかわからなくなってしまうかもしれない。
そもそも、奴隷の私は自分の運命を所有する権利や資格があるのだろうか。
どうやら私はぼんやりしていたらしい。突然の頬への刺激に目を見開いて驚いてしまった。
「あ、悪い」
アルマが薄く水色がかったタオルで私の頬を流れる汗を拭ってくれていた。
私は罪悪感が抑えられないという表情と体の震わせ肩をして、一生懸命彼に謝ってみせた。まだ、彼には私が怯えていて心を開かれていないと思われていたい。




