11-4,奴隷が正義を語る姿は滑稽で
町を出る門の前で、アルマはあの私が盗みだした荷物を足に寄り掛からせながら待っていた。
「どうしてわかったのですか? この町を出る門は4つあるのに」
「別に。こっちに来るだろうなと思っただけだ」
「それは未来を予言したから?」
俯いたままのアルマの鋭い瞳がこちらをしっかりととらえた。
「それとも預言者に未来を聞いたから?」
彼はため息のような息をゆっくりと吐きだした。
「南はお前が入ってきた門だ。奴隷でありお尋ね者であるお前が来た道を戻るとは考えづらい。北門はさっき俺と出くわした場所だ。まだあの馬車も止まっているしこれも避けるだろうと思った。残るは西門と東門だが、西に進んでわざわざエイデリアル街に近づくことはないだろ。それだけだ」
彼はそこまで言うと重たい荷物を持ち上げて門の外へと歩き出した。そして彼の懐から飛び出てくるであろう鋭利な刃物を警戒して呼吸を浅くしふくらはぎの筋肉を確かめる私は彼が振り返ったその瞬間、私は微笑んだ。本当に間抜けだ。一瞬前まであった逃走の意志はどこへいった? 奴隷の笑顔は無価値にほとんど等しいのだから乱用してしまったら空気が汚染されてしまう。美しい女性と美しい男性の間から醜い子どもが生まれてくるとか、砂漠に奇跡の花が咲いたとか、そういう世界が持つ誤差を信じて慎重に慎重に笑うのだ。
自分の愚かさに気が付きながらも笑顔を殺すことが出来ない私に彼は言った。
「来いよ」
「え?」
彼は無表情だ。命の危機から脱出を信じていいものかとうろたえながらも笑う私とは対照的に、その表情から戸惑いも焦りも感じられない。氷の国に献上された蝋人形のようだ。
「行こう。昼には港町につける。俺はお前を殺さず雇い人から逃げる。お前は違反奴隷として管理局から逃げる」
神様が、私の額の上に餌をちらつかせている。人間様を利用させ、恥をかかせようとしている。
「なぁ、カラ。なるべく遠くへ行こう。俺はお前を裏切らない。お前は俺を裏切ってもいい。共通の目的を持たず、意志の共有もしないで行けるところまで行こう。ずっと長く無防備に平穏に暮らすことは出来ないさ。それでも広い景色と高い空を見に行こう」
不思議だった。いや、不思議という言葉では綺麗すぎるだろうか。彼の話し方や声は誠実そのものだった。けれど私には彼の提案内容が不気味であり奇妙だった。「お母さんの呪いを解く薬をあげるよ」と巣窟に導く魔物のように思える。だって彼とは今日が初対面であり、逃亡中の奴隷であることを知りながら殺人の目撃をした私を殺めるわけでもなく、管理局に差し出すわけでもない。
そんな私に都合の良い話しはあるだろうか。ロイド卿だって、私に甘い話しを持ってきて、私は自ら全てを手放してしまった。
あれ? いや、そんなこと今は、今だけはどうでもいい。
「アルマ様、私、あなたに自らの名をカラと名乗っていません」
新聞には私の奴隷ナンバーが載っている。けれどカラという呼び名はあってないようなものなのだ。水たまりに野良犬がつけた名称みたいなものだ。




