11-2,奴隷が正義を語る姿は滑稽で
声を出して驚かなかったのは生物の持つ自己防衛本能が発動してくれたからだと思う。私は今確かな脅威と動揺により大量の土砂により流れをせき止められた小川のようになっていた。
死体がみるみるうちに音も無く消えていくのだ。血が零れ落ち臓器がむき出しになった肉体が、空き家の壁に叩きつけられた血しぶきが。アルマの手から滴っていた血液もまるで私が悪夢を見ていたかのように消え去り、ここからでは見えないがおそらく絵の具がこびりつくあの手に戻っている。
まるで時間が巻き戻ったかのようだと、私は思った。
マントの男は地面に置いた物を回収した。スキットルだろうか。いや、違うかもしれない。私は絵本で見たことがあるだけで実物のスキットルなど知らないのだ。けれどあの男がそのスキットルのような物の栓を外し地面に置いたその瞬間からまるで口に含んだ水が舌の上を滑って喉の奥へと流れていくように、風の強い砂漠の上で肥えた砂を落としてもどこに行ったかわからなくなってしまうように、人間の男の死体はどこかへと消えてしまったのだ。あの不思議な入れ物があの死骸を消したのだろうか。それとも、あの入れ物が死骸を吸い取ったのだろうか。
人間の持つ物理や化学の力を超えている。それはあのマントの男が神様に祈りを捧げる魔女様の血筋を持っているか、あの容器に神様の力が込められているかのどちらかだ。
人間は人間の力を超えることは出来ないのだから。人間は人間以下になることは出来ても人間以上にはなれないのだから。
マントの男はアルマに言った。
「君は心から喜んでこの仕事を引き受けている。そうだね?」
アルマは頭を下げて答えた。
「当然でございます。私の唯一の生きる術ですから。他に私には糧を得て明日を生きる能力はございません」
男は汚れを知らぬ真っ白な手袋で彼の肩を叩いた。とても心がこもっているようには見えない、ぞんざいな動きだった。アルマは更に頭を深く下げる。目が隠れているというのに、見下している様子がよくわかる。いや、当たり前なのだろうか。アルマと男ではそれなりの年齢差があるように思えた。
私はてっきりアルマは泥棒ではなく暗殺者であり、依頼に従って殺人を犯し報酬を得ているのだとばかり思っていた。しかしどうやらそれは間違っていたようだ。アルマは懐から布袋を取り出し、男に渡したのだ。それを受け取った男は中に入ったかなり高額になるであろう金貨の枚数を数え「確かに」と答えると、あの不気味なスキットルのようなものをアルマに渡した。アルマも礼を告げると大切そうにそれをしまった。
マントの男は立ち去ろうとして「あぁそうそう」と口を開いた。
「どうやら盗み聞きをしている可愛い子ネズミちゃんがいるみたいだね。私は君から金を受け取っただけだ。殺人者は君だ。この町に住んでいるのも君だ。契約は口約束だけであり私が関与をしたという証拠はないから、傍聴人の存在を許してはいけないのは君ではないかね」
そう言ってマントの男は私の隠れる方向を振り返った。




