10-12,嘘吐きと泥棒
早く、ここを出よう。早急に、少しでも遠いところへ。あのアルマという自称泥棒の帰りなど決して待ってはいけない。彼は私を追い出しはしないであろうし、私の今後の生活を共に構築してくれると思われるが、管理局は勿論のこと衛兵まで派遣されていることが予想される。彼らは自由を求める魚に「魚類は陸では生活できない」と教えることが仕事なのだ。権威の高い彼らを前にしてアルマに出来ることは何もないだろう。「悪いな」と罪悪感に満ちた顔で差し出される運命をたどるよりは誰も信じず、自らの足でこの町を離れる方が賢く、正解であるように感じる。
私はベッドの下に絵の具で汚れた大きな手提げ袋が畳まれて放置されているのを見ていた。それを掴み広げてみると充分な大きさがある。
私はその中に手あたり次第の食料品を突っ込んだ。衛生面など気にならない。喉を流れたらそれはもうエネルギーとなる。戸棚の中にはワインボトルがまだコルクも抜かれずに眠っていた。もともと葡萄で出来ているということはワインには栄養があるのだろうか。それともアルコールが及ぼす悪影響の方が大きいのだろうか。わからない。ワインなんて高級品が手に入る人間様は奴隷の肉体など買わず、人間の肉体を抱くことが出来るのだから。
考えていたってどうせわからない。教養のない能無しに似合う問題は朽ち果てる際にどこの肥料になることが合理的かとか、そんなものだ。
私は中身を水と取り換えることなくそのまま袋にワインをつっこんだ。
袋を持ち上げてみた。想像以上に重たい。ワインもそうだが大きなチーズの塊が相当重量を増やしている。これ以上詰め込んだら持ち運ぶことが困難になるだろうかと考えたが、もう食料は空っぽで詰め込めるものがそもそもない。
「ねぇアルマ。泥棒って言うのはこういうことを言うんだよ。私の命の恩人である慈悲深いあなたが帰ってきた時、この家の食べるものは全て無くなっているわ。もしあなたが宝石なんかを集める趣味があったら、私はそれも全て回収したのだけれど、本当に残念だわ」
私はこっそりと家を出た。まだ薄暗いけれど少しだけ顔を出した朝日に照らされる町がドアを開けるとあった。あぁ、やっぱり田舎町だ。道は舗装を知らず、畑は虫と共存し、家屋は聞かざる理由を失っている。悲しいことに、私はそれらが嫌いではなかった。不思議と憧れすらあった。
私は、エンドと名乗る元々首輪をつけていた少女は、歩き出した。もともと自分が目指していた方向を再びなぞるように。荷物の重さに、罪悪感よりも期待を胸に抱いてしまう。だからこそ、誰にも見つからず、視界にすら入らず、この町を離れたかった。
しかし私は見てしまったのだ。町の外れ、古びた井戸の近く、家屋や畑とは少し離れた場所、空き地に小屋が屋根もなく壁も半分ほどしか残っていない廃屋としてぽつり。早朝だから、朝ご飯を作るにはまだちょびっとだけ早いから、誰もいないね。けど、アルマはその廃屋の中で血の滴るナイフを握りしめ、立っていた。その奥には首からおびただしい赤色を流し、叫び声をそのまま顔に彫刻したような男が壁にもたれかかっている。
さて、この男は生きているでしょうか。はい、生きていると答えたあなたは優しく温かい世界で生活しすぎましたね。もしかして夜は蜂蜜の入ったホットミルクを飲んでママに布団の上からお腹をぽんぽんってされなきゃ眠れないタイプですか?
その男は誰がどう見ても死んでいた。
第10話 嘘吐きと泥棒 end




