10-11,嘘吐きと泥棒
戸棚の中に干し肉やパンがあること、卵やミルクも好きに使って構わないと言った。「どうせ汚い金で買ったんだから価値なんてねえよ」と小さな声で言った。彼は本当に、本物の、泥棒として生計を立てているのだろうか。
「昼には帰る」
彼はそう言って暁の訪れなど待っていられないかのように外の世界へと逃げてしまった。
私は扉が私と彼を完全に遮断するまで、頭を下げ続けお礼の言葉を何度も涙声に唱えた。その行動に意味も魔力もこもっていなかったように感じ、紙の端が心臓の皮の上を滑った。涙が血管に蓋をする。
足音が遠ざかる。カーテンを少しだけ開けるとアルマの後ろ姿が薄闇に溶けていくところだった。しかし自らの家からこぼれるほんのわずかな明かりに気が付いたのか、彼は振り返ってしまった。私は自らの軽率な行動を後悔したが、私に軽く手をあげそのまま去った。私は窓に映った自身の顔が命拾いをした直後とは思えないくらい酷く醜く険しかった。あぁ、割れてしまえばいいのに。駄目だけど。
カーテンを閉めた私は新聞氏にとびかかった。一番大きな記事に興味はない。あの爆発事故の記事だけだ。
私は落胆した。その内容にではない。自身の言語能力の低さにだ。幼少期に培った語学が足りていないのか、それとも奴隷生活の間に衰えたのか、どれだけゆっくりと読んでも内容がなかなか入って来ない。単語の意味も読みすらもわからない。それどころかくるりくるりと文字が移動している気さえした。
残念なことにこれだけ神経をすり減らしようやく得た情報はわずかだった。あの職場で働いて居た人間の数を超える骨が焼け跡から見つかったが、年齢や性別、人間であるか否かすら判別がつかないこと。私以外にも逃走した奴隷が居るが管理局によって既に二人とらえられ処罰が昨夜遅くに決行されたこと。爆発の原因は調査中であること。それくらいだろうか。もしかしたら私が贅沢を望んでいるだけで充分な量の情報を得ることに成功しているのかもしれない。損害の予想や法律的解釈も書かれているが、少しも頭に入っていかない。最も気になっている管理局と残る逃走中の奴隷の同行もわからない。
私は新聞を元のあった場所に戻した。そのすぐそばに、彼が飲み干したまま放置されたカップが置いてあった。私はその空になったカップを掴み、彼が、アルマが口をつけたであろう箇所に自らの唇を当てた。固い。冷たい。ぺろりと舐めてみた。砂糖なんて入っていないから、ミルクも入っていないから、苦い。ただ、苦い。
虚しさが味となり神経を伝って脳みそへと逆流しそうだ。私は強欲にも存在価値を掴もうとし無様にも無を引っ掻いた。それを無機物を通して得ようとするなど流石呼吸をする生ごみと言ったところだろうか。
私は今度こそ流し台の前に立ち、その木彫りのカップを洗った。自分が口をしまったところは特に念入りに洗った。虚しさが罪悪感へと変わった時、私は自らが持つ歪みにゾッとしたが、少しだけ安心した。あったよ、罪悪感。




