10-9,嘘吐きと泥棒
まるで自らの骨と血液によって体内で構成され年月を経て首の周りへと浮き出てきたかのような首輪、それが外される時、何かが変わると思っていた。自らが他を見下し嘲笑出来る美しさを持った白鳥であったと気が付いたアヒルの子のように。1000年の眠りから麗しい王子のキスによって目覚めた瞬間のプリンセスのように。
合図を聞いて、目をしっかりと覆い眼球を守っていたタオルを私はようやく外した。目の前には大きなゴーグルをかけたアルが缶切りとはさみが融合したような大きな工具を片手に、そしてもう片方の手には4箇所も5箇所も潰された跡がある私の首を掴んでいた輪っかが2つに分かれた状態になって握られている。
そう、私は物理的な解放を得たのだ。だというのに何だろうか、このつまらないがあくびした感じは。
首を触ってみた。シャワーを浴びても落とすことの出来なかった汚れがこびりつき、「ここに首輪があったんですよ」と教えるかのように首をぐるりと一周している。
首を回してみた。可動範囲が増え最大に回せるようになったが、痛くてたまらない。もうしばらくは回したくない。
首の軽さを感じたくて、背筋を伸ばしたまま深く俯いてみた。収穫時期を見失い熟れて腐って地面に落ちる果物のように頭が首からぼとりと落ちて、頭蓋骨が姿を現しそうで怖かった。
それだけ。おわり。物理的な解放は物理的な解放に過ぎず、私は立場も状況も精神も、やっぱり奴隷のままだ。
人間様はこんなつまらないショーを見るために長時間かけて何度も何度も道具を変え角度を変え頑丈な首輪を壊してくれたわけではない。私は大粒の涙をこぼし、乱雑に肌を引っ張るようにごしごしと拭い、また涙を流してそれを拭い、礼を何度も伝えた。
もしかしたらこれで、奴隷となる運命を間近に控えた人間に紛れることが出来るかもしれない。新聞が読まれてしまった今、この人物がいかに善良であろうと長居は出来ない。この男は利用価値が高いがあのこの町はあの処理場からあまりにも近すぎる。休息をとり清潔を得て飢餓を脱出したのだから、少しでも離れた土地で都合の良い人物に貧困の少女として取り入りたいところだ。
夜が明けるまで、彼はここに置いてくれるであろう。朝になったら、遠慮がちに受け取れる物は全て受け取り、全ての恩に甘えた上で礼を告げて出て行こう。
「戻ろう、この部屋は寒い。女の子に見せられるような部屋じゃないしな」
彼はそう言って立ち上がった。
「芸術家さんですか?」
「いいや、俺は絵は描けない」
そう言う彼の指には未だに大量の絵の具が付着している。
「でも、この部屋にはこんなにいっぱいキャンバスがあります」
彼は寂しそうな声で言った。
「俺はただの泥棒だよ」




