10-7,嘘吐きと泥棒
びっくりした。シャワーヘッドから流れ私の髪と肉体を通り抜けたお湯は私の足元で今、酷い汚水となって排水溝へと流れていく。水たまりだってもう少しは綺麗かもしれない。二の腕のあたりを軽く3往復程指でこすった。肌の色が変わった。私はトカゲのしっぽのような腕を生やした生物なのだと思っていたが、どうやらそれは違うらしい。まるで日焼けをした人間の肌の色に似ていて思わず目が悪くなってしまったのかと疑った。
体中が泡に包まれるこの感覚は懐かしい。サキカが今寒さも飢えも知らずに、少しでも腹痛や熱があればお医者様を呼ばれ薬を飲むなんて生活をしているだろうと思うと憎くてたまらない。どうか、どうか、馬車の中で人違いによって死亡し、その幸せな人生を急遽終了してほしい。
エンドはどうしているのだろう。私もサキカも去ったあの場所で今も、私の知らない奴隷達と共に体を売っているのだろうか。わからない。そもそも彼女は私のことをまだ覚えているのだろうか、私だって今やっと思い出したというのに。
長い入浴はあまり良い印象を持たれないだろう。私はまるで肌を削るかのように体を洗い、湯船に浸かって体を温めるとすぐに立ち上がった。お湯が水に変わるまでそこから出られない気がしてしまったから決意とか覚悟とかそんな大げさな不釣り合いの言葉を適当などこかに刻んだ。
「もっとのんびりしててもよかったんだぞ」
親切にも投げ込んでくれたおそらく彼の物であろうぶかぶかの服に腕を通しているとドアの向こうからそう言ってくれた。私だってもっとのんびりしたかった。
さて、私もやっと彼の姿を充分に視界にいれることができるようになったのだから、再び差し出されたホットミルクを飲みながらじっくりと観察をする。目があってしまったら恥ずかしそうに、そして下手くそに笑えばよいだけだ。
最初の感想は「もっと大人だと思っていた」だった。顔を見るまでは、その対応や余裕のある雰囲気と家の様子から20後半の立派な成人男性だと思っていた。しかし実際は17,8歳程の若者で、私は自分の年齢を知らないが2つか3つほどしか変わらない見た目をしている。男性にしては髪の毛が長くもう少しで肩に届きそうだが、手入れがされているようで不潔感もなければうねりやはねもなく、綺麗に下に降りている。顔はといえば想像していたよりも冷たく不愛想で私はまた驚いた。とてもとは言わないが生ごみの詰まったゴミ袋を保護するような慈悲深い人間様には見えない。
警戒、しておこう。ロイド様のようなこの世の甘美に浸って生きてきた人間には見えない。しかし入浴前に見たあの優しい笑みも忘れてはいけない。
彼はベッド付近から丸い入れ物と瓶を出した。体を洗ったら彼のお気に召す、あるいは許容範囲に入る容姿には慣れたということだろうか。さて、私は甘くとろけるような吐息や星が砕けるような儚い視線、それから寿命がともし火の天使のような指を覚えているだろうか。タイミング、テンポ、アングル、トーン、熟練者にはとても思えない熟練のテクニック。
彼は私にその入れ物と瓶を渡してきた。
「肌と髪に塗っとけよ。傷薬でもあればよかったんだけどなかった、悪い」
ただの、白い花のイラストが付いた保湿クリームと、ただの、シルバーのラベルが貼られたヘアオイル。間抜けな声をしなかった私は生ごみなりに偉かったと思う。
私が鼻に白いクリームを乗っけると彼は言った。
「まだ名乗ってなかったよな。俺はアルマ。アルって呼んでくれよ」
私は慌ててクリームを伸ばしてから言った。
「今日はありがとうございました。私、エンドと言います」
大爆発をした現場から逃亡した奴隷なのだから、カラと名乗ってしまうわけにはいかなかった。しかしルイナスと名乗ることはもっと嫌だった。怖かった。淋しかった。
彼は笑った。やっぱり冷たい不愛想は顔を崩して優しく笑っていた。
罪悪感? ないよ。エンドにも、このアルマという男にも。




