10-5,嘘吐きと泥棒
お皿を洗いたかった。泡で汚れを落とせばいいのだから、この家の主であろう彼がよっぽどこだわりを持った人間でなければ、父様と母様と一緒に住んでいたあの頃を思い出してこなせるはずだった。フリルのような可愛らしいお花にお水をあげることも好きだったし、「いつも偉いわね」とお婆さんに褒めてもらえるから広場までゴミを運ぶことも嫌いでは無かった。けれど皿洗いは水の冷たさや生ごみの死体の残骸のような気味の悪さが苦手で、両親の体調不良や多忙など理由がなければ手を出さなかった。しかし今は感情ではなく、出来るかできないか、簡単か困難かで物事を考えられるようになった。
そう、私は見ず知らずの私に食事を恵んでくれた利用価値の高い彼に、健気であると思われたかったのだ。だから皿洗いがしたかった。
けれど私は間抜けで恩知らずで雑魚で怠け者だから、胃袋の「気持ちが良いね」と言う言葉にそのままうなづいて、媚薬の垂らされたまどろみにこねられるまま眠ってしまった。テーブルの上にはまだ不潔な棺桶が乗ったままだというのに私は王座で膝を組む王族のように、ふかふかのソファに深く腰をかけ背もたれに存分に埋もれて顎を持ち上げたままの状態で眠ってしまった。ふんぞり返っているかのようなその格好は久々のまともな栄養補給をしたばかりの私にとってはかなり苦しい物だったが、一度とってしまったその体制を崩すには体がだるく、少しだけ、少しだけ、と言い聞かせて眠ってしまったのだ。
奴隷として自らに正しい眠り方を指南するのであれば、なるべく体が小さく貧相に見えるように眠りたいところだ。でもその前に皿洗え。常識に欠いたごみより多少は常識のあるごみになっておけ。
幸せな夢を見た。一人用のソファで私は眠ったフリをしていて、母様が毛布を掛けてくれるのだ。奥では父様がコーヒーを飲んでいる。私がいない時、あるいは眠っているとき父と母はまるで付き合いたての恋人達のように初々しく甘い。
「コーヒー、いつもより砂糖が多いわね」
「君が紅茶に砂糖を入れ忘れた分をおまけしておいたよ」
なんて笑って、たまにはこんなのもいいねって。
夢だとわかっている夢は幸せだ。夢だと気が付かない夢が残酷だから。




