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君は奴隷でぼろぼろで  作者: なみだぼたる
第1幕 奴隷は愚かで強欲で
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1-8,歔欷の預言者との約束

「これで最後だ。お前はいつか機能を失い荒廃した残骸だらけの街の跡地を訪れる運命にある。それはおそらくだけれど逃れることは出来ない。廃墟で一晩を過ごすことになった時、ある人物に星を見に行こうと促されるんだ。行くな。離れるな。周りの人と一緒に居ろ。それがその後どんな後悔に繋がろうと、死に繋がるより良いだろ?」


 メモをとる私の手は震えていた。丁寧に書くつもりが最初からなかった私の字は鉄格子の横を通る排水溝に居る虫のように不格好になった。


 彼は話を続けた。


「自身を過剰評価するな。お前は一人じゃ何も出来ないんだよ。迷惑をかけまいと思うのであれば役に立とうとなんてせず黙ってじっとしてろ。自分に価値があるなんて勘違いはするな」


 彼は不安定でコロコロとまるで別人格が出て来たように表情が変わり、今口調はとても冷たい。自分が良く思われていない、最悪は嫌悪の対象であるのではないかと感じさせた。チョコレートを貰ったというのに行為は腹を殴られるところから始まったような感覚だ。喉の奥で吐瀉物の味を感じた。


 もしかしたら、この人が見た未来では、この人の大切な人は私のせいで私と一緒に死ぬのかもしれない。


 預言者からのお告げと忠告はどうやら終わったようだ。彼は額を汗で濡らし息を切らしている。


 今まで色んな客を相手にして来た。上質なコートを羽織った紳士が来ることがあれば数日は風呂にも入っていなければ歯も磨いていないのではないかと思わせる人も来た。明日食べるものもなさそうなのにこの空間と時間を買っていそうな人もいた。ただ、ただ、誰も彼もが悲しいことに肉体のつながりを求めてここまでくるから、今日ほど会話をしたことはない。だから、今のこの気まずい空気を焼き払う手段がわからない。窒息死してしまいたい。


 彼はしばらくぼんやりしていた。私も一緒にぼんやりしているフリをしていたがまた泣いてしまいそうになっていた。負の感情で演技でもないというのに涙を流すなど惨めな気がした。情けないような気がした。そう思う様になってしまった自分がなんと恰好の悪いことか。


「俺、もう行くな。頑張れよしっかりやれよ。死ぬんじゃないぞ。生きててくれればそれで良いって思ってくれてるやつがいるならそれでいいじゃないか」


 そう言いながら立ち上がった彼はもうこちらの顔を見なかった。少しの嗚咽を漏らして涙を流しているけれど、下を向いたままだ。不安定な彼の本物に近い姿はこれなのだろうか。私にきついことを言った割に頼りなさそうじゃないか。


 彼がドアノブに手をかけた時、私は彼に聞いた。


「名前。名前を教えて。あなたは私のことたくさん語ったんだから、あなたも名前くらいは名乗ってよ」


 私は穢い奴隷だというのにプライドばかり高く、このままでは彼に対して完全敗北をしてしまうような気がしたのだ。


 でも、彼は私のくだらない勝負には乗らなかった。


「未来を予知してそれを伝えに来た預言者、それだけだ。名前なんて名乗らないよ」


「でも、あなたの予知した未来で、あなたの大切な人が私と一緒に死んだのならば、あなたと私も出会う未来があるんじゃないの?」


「本来出会うはずだったタイミングの時に互いに初対面のフリをして名乗ればいいさ」


「あなたは私があなたの言ったことを守るか見張っているの?」


「……。いいや、所詮は俺からの一方的なお願いであり口約束に過ぎない。お前の人生なんだ。俺がどうあがいても、お前がこの約束を貫くか破るかが全てなんだ。俺はお前にもあいつにも死んでほしくはない。でもさっきも言ったけど、お前らはそれを望んだんだよ。俺が見た未来でお前らは自分の人生の終着点を自分で決めていたんだ」


 私が静止の言葉をかけても彼はもう止まらなかった。そのまま扉の外へと出て行ってしまった。彼は鍵をかけずに出て行ったが、私は後を追いかけることは出来なかった。もしそれがバレれば罰せられてしまう。そうなれば約束も何もなくなってしまう可能性がある。


 一瞬思った。追いかけるのではなく、この奴隷生活からの逃走を。現在性行為の邪魔となる鎖は首輪から外されている。でも、耳に残った繊維みたいな何かが、体の全ての関節を錆びのように鈍くさせて、私は動けないでいた。





 報告書にまさか預言者が現れ未来を教えてくれたとは書けない。私は意地が悪いから、童貞が童貞を捨てようとしたが勇気が出ず童貞のまま帰って行ったと書くつもりだった。しかし、予想外の事態が起きた。迎えの者が来て私に告げたのだ。案内や会計、そして鍵の管理をしている受付のものが気絶した状態で発見されたと。先ほど客が発見し発覚したが、金も鍵も盗まれてはいなかったという。


 部屋の鍵が開いたまま迎えを待っていた私の関与が疑われるのは当然だった。


 無料で童貞を卒業しようとした男が暴挙に出て鍵を持ちだすことに成功したが奴隷を前にして勇気が出ず童貞を捨てないまま鍵をかけずに部屋を出て鍵はこっそりと受付に返しておいた。そんなことあるだろうか。


 まるでレイプのように乱暴に犯されたと証言する手も考えたが、そうなると汚れたシーツの枚数が合わない。


 私は情けないクズ童貞の話しをするしかなくなってしまった。





第1話 歔欷の預言者との約束 end


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