10-1,嘘吐きと泥棒
私はあの閑寂の森を走り抜けた。途中何度も足が絡まり、また視界がぼやけ、森を出ることが叶い視覚が色にすっかり慣れた時には、両膝も額も頬も量の掌も真新しい血液を流していた。
やがて、私は自分が町に近づいていることに気が付いた。死体処理場では嗅ぐことの出来ない、懐かしい香りがするのだ。まさに、人間の集団が作る町の香りなのだ。家の香りは森や工場の香りとは違う。それに、各々の煙突から上る湯気が上空で混ざりあい、私の元にまで届いている。
人参のヘタやキャベツの芯をもらうことは出来ないだろうか。人間になれると勘違いをして他者を見下していた私はどこに行ってしまったのだろう。高級娼婦を夢見たあの頃は私は純粋で美しかったのかもしれない。だって今は畑の肥料になったら作物に罪悪感でもわきそうなほど不気味な肉体をしていて、ありふれたどこの家庭にもある生ごみよりも更に劣っている。何百年も前に閉じられた棺桶を開けたら、中の死体がゾンビとなって踊り狂う、私は今そんな感じに、不気味で価値がなく滑稽なのだろう。
私が見つけたのは田舎の小さな町だった。私は空腹に耐えまるで涎を垂らしながらも主人の命令を待つ犬のようになりながら、町には入らずに日が暮れるのを待った。夕日を視線で食い殺しかみ砕いた。首輪をつけている人間など、奴隷以外にはいない。見つかったら自らがどうなってしまうのかわからない。ただ、私はこの世をもう甘く見ないと決めたのだ。
期待をしない。甘えない。信じない。それは生き残るためではなく、心に傷をつけないために。
「そんなの奴隷の世界じゃ当たり前でしょう? 一度蜂蜜に付け込まれたらそんな常識も忘れちゃうの? 早く死体になった方が良いんじゃないの? あなたみたいな雑魚は奴隷には向いて居ないけれど死体には向いているかもしれないよ」
これは、数年前の私のセリフだ。私と同じくらいの年齢で、身長も同じくらいで、けれど私よりも整った顔をしている女の子が居たのだ。あの豚小屋に。
「私のことを奴隷にはない魅力があるって言ってくれたのに、私以外買わないって言ってくれたのに、今日はカラのお客さんになったんだね。信じちゃ、いけなかったんだね。あの言葉」
そう言われて私はすかさず今まで積もっていた嫉妬をエネルギーに変え彼女を言葉によって攻撃したのだ。いや、してしまった。私は自らを欺き本心を偽ることを続け、彼女への敵意を上手に隠し続けていた。けれど私はつい気持ちが高ぶってしまい、気が付いた時には自らの不利に繋がる言葉を吐いてしまっている時があるのだ。あの時は豚小屋にいた誰もが驚き、嫌悪の冷たい視線を浴びた。私を指差し、声を上げて笑い出した者もいた。嘲笑だ。
あの時の言葉が自分に帰ってきた。




