9-8,奴隷は何も選べない
頭は寝ぼけたまま、夢見心地のまま、不思議に思った私はその学生リュックに触れてしまった。こんなにもぼんやりしていない普段の私であればもっと慎重に行動するであろうからそんな軽率な行動はしないであろうが、私はまだ夢と現実の中間地点に居るかのようで、目が開いて手足が動いていても脳みそは夢が作る霧の中を巡回しているようで、私はまるで砂漠に水が吸い込めれるようになんとも自然に自分の意志とは別の何かに誘導されてその学生リュックに触れてしまったのだ。
空で舞いを神様に向けて披露していた天使の涙がその宝石のような瞳から零れ落ち、この閑寂の森に水晶へと姿を変えて落ちてきた。そんな音が聞こえたような気がした。小さく、軽く、脆い何かが誰にも知られず死んだ音。海の底でお魚さんの尻尾が朽ちて砂になるような、そんな音。
学生リュックは砕け散った。悲鳴を上げることすら教えてもらえなかった赤子が母体の中で絞殺されてしまったかのような、音を立てて。するとどうだろう。私を包み込む閑寂の森が、まるで学生が起爆剤であったかのように、一気に透明な雪のように崩れ、舞い散った。解放されたことを知り喜んでいるのか、それとも最後の舞を神様に見せているのか。元々木々であったその無数の砂達は雲に隠れた日の光を存分に反射しながら、竜のように天に上ったかと思えば満点の星のように空で広がり、雨のように降ってきた。
私はあまりの眩しさに目を閉じた。こんなに美しいのに惜しいな、なんて思いながら。
「でも所詮夢夢なのだから、覚えていたって虚しいだけでしょう?」
私にそう言ったのは多分私の脳みそであると思う。いや、喉の奥に住む妖精が言ったのだろうか。
私はどこからどこまでが夢であったのかわからなかった。夢ではないとしたらどこからどこまでが幻想であったか、わからなかった。もしかしたら幻聴が聞こえ花々が作る道が見えた時のように、長く私は狂気に陥り現実など見えていなかったのだろうか。
眩しさに目を閉じ、その後ゆっくりと瞼を持ち上げたら、私は森の中に居た。森。森。森。普通の森。幹や葉が色を失い透明になるなど、あり得ない。立派な根っこが地面を掴み、葉は音をたてて風を歓迎し、実りの多い森に恩恵を望む生き物達が息をひそめ爪を隠し目を凝らし牙を向けて戦っている。私の脚元では桃色から徐々に深紅に染まる花びらを茎が支えきれずに地面に頭をつけている。生に溢れ色が満ちるその森は、あまりに刺激が強い。
魔女様はやはりどこにもいなかった。しかし、彼女の存在が嘘ではないと示すかのように、私のすぐ近くにはあの水晶の世界で私が座っていた切り株が、そうであるべき見た目をしてそこにあり、形がわからないほど輝いていた学生リュックも見たことのある革と金具の色をしている。
私は切り株に触れた。ざらざらとしていて砕けたりなんかしない。幹も葉も既にないことを忘れているかのように土から栄養を吸い取っている。
私は学生リュックに触れた。土やひっかき傷が出来ており艶もなくあまり綺麗ではない。砕ける? リュックは砕ける物ではない。触れた際にそれの中で何かが揺れる音がした。私はあたりを見渡して周りに誰もいないことを確認するとその学生リュックを持ち上げ上下に振ってみた。いくつかの紙がぶつかり合う音が聞こえてくる。
私が再度周囲に人の目がないことを確認し、その学生リュックの金具を外し開いてみた。中には10を超えるほどの色紙でつくられた紙飛行機が入っていた。その紙飛行機を恐る恐る手に取ってみた。あまり綺麗に折られていないため色紙の裏面が所々に見えクレヨンで何かが描かれている様だった。私は学生リュックから離れ木の裏に隠れると、その紙飛行機の折れ目を広げていった。
紙飛行機の内側に隠れていたのは12色全ての色を使ったのではないかと思えるようなカラフルな絵だった。花畑の上で人間が2人笑っている。一人はまだ小さく子どもの様で、もう一人は仮面を被っている。
私はもともと紙飛行機であったそれを地面に落としてしまった。手が震え指に力が入らなかったのだ。足の指先から寒気と吐き気が両方込み上げて来たように感じた。
私は無我夢中で走りだした。
第9話 奴隷は何も選べない end
次回にintermezzoとして番外編のようなものをお送りするのですが、書き直しを予定しておりますので、少し更新が遅れます。ごめんなさい。




