9-6,奴隷は何も選べない
魔女様の問いに「人から教わりました」と私は曖昧に答えた。しかし彼女は薄い笑い声をたててから「大人は簡単に子どもの夢を壊す物よ」と言い「それがどれだけ残酷で罪深い事かわからないのに」と付け加える。
神様はいともたやすく魔女様の祈りに耳を傾けてくれるものだ。こんなにたやすく自らの周りに奇跡を住まわせることが出来るのならば、魔法が使えると思われていても無理はない。貧困で飢えに苦しみ体を売り、仕舞いには娼婦、最悪は奴隷に身をおとす幼い子どももいるというのに、こんな小さな、しかも誰の幸せにもつながらない奇跡を呼ぶなんて、その役割にふさわしいとは言えないはずだ。こんな私の思考を読むのを手伝う神様なら要らない気がしてしまう。
魔女様は冷たい口調で私に言った。
「神様は慈悲深くあらせられます。神様の御力が届いていないと不満に感じる人間が居るのであれば、神様はその事態を知らないため。神様のご加護がない地はそこに魔女や魔法使いがいないか、彼らの力不足だわ」
「でも、あなた様を見ていますと、祈りはとても簡単で、神様はとても簡単にその祈りを叶えているように感じますわ」
「私はあなたの前でたったの一度も祈ってなどいないわ。神様に声を届けるという行為を軽んじることは我らの主への侮辱よ。私達はあくまでも神様のお手伝いをさせていただくの。邪魔をするなどもってのほか」
私は恐ろしく失礼なことを言ってしまったかもしれない。私は口内の肉を傷がつきそうな程に噛んだ。
彼女は数分前よりも無機質な話し方で私の思考を読んだ術を教えてくれた。
「勘よ。あなたの表情を見て考え感じとった。偶然にもそれはあなたが安い奇跡だと感じるくらいには正解した。ただそれだけ」
勘。直感ってやつ。命がけの世界を生き抜き客を欺くことを繰り返してきた私であるというのに、そんなにもわかりやすい顔をしていたのだろうか。いや、あり得るかもしれない。意図的に顔の筋肉を動かすには今は疲れすぎているのだから。
彼女は笑って、言った。あっさりとこう言った。
「もうすぐ死ぬのよ。私の死期は近いの」
彼女は立ち上がると透明の森たちを見回し、それから天を仰いだ。
魔女様は手を合わせ指を組み、その人差し指のあたりに仮面の上から口づけをした。
「いいえ、言いなおすわ。もうすぐ死ぬというのは真実だけれど死期が近いというのは違うわね。私の死期はとっくに過ぎている。もともと、若いうちに死ぬ定めだった。生まれてきた時に私が神様から与えられた余命はとっくに過ぎているのよ。不思議ね。不思議。余命を過ぎてから、急に予感が心臓をよぎるようになったし、勘は妙に、不気味な程に当たるようになったのよ」
認めます。私は自らの精神的な救済を求めて自らは人間などではなく奴隷であるといい続けてきた。認めます。はい、認めます。その方が楽だった。心の中でそう思っていることで傷つかずにも済んだ。けれど本当はわかっている。器は、肉体は、臓器は、人間のままだ。心臓は、私がルイであった時代と全く変わっていない。人間と言うのは1つの枠組みなのだ。人間であり人間を名乗る者が居ながら、人間でありながら人間を名乗ることが許されないゴミもいるのだ。私は気になっていた。彼女は、この魔女様はどちらなのだろう。人間と言う器の中に、魔女様と呼ばれるにふさわしい祈りを捧げる素質を持っているのか、それとも人間と言う枠組みからは外れた者なのか。人間よりも神様に近い存在なのか。それとも人間の枠にも神様の枠にもはいれないのか。
私は彼女と仮面越しに目を合わせようとした。閑寂の空間で彼女の呼吸が確かに聞こえてくる。
私は敬意を喉と心臓に込めて尋ねた。
「あなた様が神様から与えられた寿命を超えてまで生きているのは、使命を果たすためでしょうか?」
「えぇ、使命を果たすことを神様が望んでいらっしゃる。私は死にたくても死ねないのよ。私はこの森に来てから何も口にしてはいないけれど、私は衰弱もしなければ老いもしない。でも、森は色を無くし、芯をなくし、私に命を吸い取られる形で死んでいく。私も、森もそれを望んではいないのにそれが起こるのだから、これは神様の思し召し」
「あなたの使命と、私をこの森に呼んだこと、それは関係がありますよね」
「えぇ。その通りよ」




