9-3,奴隷は何も選べない
彼女が私に腰かけるように命じたのは、年輪すら見えないほどに透明度の高い切り株だった。そこに崩れ落ちるように座った時、私はもう自らの脚が限界を超えていたことに気が付いた。まるで棒のようとはこのことで、もうすかすかのすっからかんな私の体でさえもその体重を支えることは到底出来そうにない。まるで足の裏が根を生やしてしまったかのように、もう地面から離れることは無いような気がした。
ここで、仮面の彼女が何もないところに水晶のような椅子を自らの息から作りだしたり、まるで浮くように空中に腰かけたりしたら何とも幻想的で美しい。しかし、現実は私の見たいもの見せてはくれない。彼女は一旦私の視界の奥に消えると空気と一体化してしまいそうな箱を持って帰ってきた。彼女はこれを椅子にするのだろう。
なんだか、寒い。栄養失調で体を温めるエネルギーがないため常に寒いのだが、まるで氷の世界で氷の嬢王と対面しているかのような気分だった。切り株の感触は間違いなく木そのものであるのだが。
やはり彼女は私が手を伸ばしてもぎりぎり届かない位置にその椅子を置き、優雅に座った。肌も顔も見えないため年齢がわからないが、その座り方から、マダムなのではないかと感じた。いや、わからないけど。
息を飲むほどに美しい世界とその場所に非常に似合っている彼女は、私を酷く緊張させた。私は予測が出来ない事が嫌いだというのに、他者を見下すひ皮肉屋であるというのに、自分が生きていても許される道を常に誰かに指示してもらいたいと願っている。奴隷である私は常にそれが叶っていた。悲しいことに安心していた。しかし正規の主のもとから逃げ出したどり着いたこんな非現実的な幻想的な場所で、仮面を被り素顔を隠した彼女が私の望みを叶えてくれるかはわからない。
「私の座っているこれ、何だかわかる?」
私は自由気ままに悪戯に光を反射するそれをじっくりと見て答えた。
「透明に輝いているので良く見えませんわ。運んできている様子から、重くはなさそうでしたが」
「そう、あなたでもわからないのね。人間が持ってきた物だから、あなたならわかると思ったのだけれど」
「でしたら、わかるはずもありませんわ。名乗りが遅くなってしまい申し訳ございません。私はカラといいます。人間では無く、奴隷です」
私は彼女に脚の先から頭の先まで視線を這わされているのを感じた。
「その肉体に人間との違いは見られないわよ? 人間と同じ機能をあなたは持っているでしょう?」
「人間様と同じ機能を持ちながらも彼らと同じ生活が出来ない、それが奴隷でございます」
彼女は天を見上げて笑い出した。そしてこう言った。
「じゃあ、私も奴隷かしら。私はカラ、あなたと同じような肉体と機能を持っているけれど、この森で暮らし、人間と同じ暮らしをしていないわ」
私と言う奴隷は惨めな程にプライドが高い。奴隷という身分を、奴隷という不幸を甘く見ないで頂きたい。私は渇ききった喉を裂くような勢いで、身分もわからない女性にこう言ってしまった。
「この森で生きるという自由があるのならば、あなたは奴隷ではありませんわ。どう生きていくか、自分で決めることが出来て、どう生きていきたいかを考える意味など奴隷にはありませんもの。奴隷とは隷属することによって初めて物体として認識され、存在を許されるのです。自分の生死を他者に決められるのが、奴隷です」
「あら、じゃあ、やっぱり私は奴隷ね」




